全身が朱い明王。欲そのものを悟りへ変えると説かれる。
愛染明王とはどんな仏か
愛染明王はひとことで言えば欲を否定しない仏です。
仏教はふつう、欲を捨てよと説きます。ところがこの明王は違います。愛執や欲望を、そのまま悟りへ向かう力に変えられると説きます。煩悩即菩提という密教の考え方を、一体の仏に凝縮したものです。
全身が朱に塗られるのは、燃えるような愛欲の激しさを表すためとされます。獅子の冠をかぶり、三つの目を見開き、六本の腕を持ちます。
持ち物のうち、弓と矢がこの仏の見分けの決め手です。人の心を射抜く、という意味に取られてきました。
近世以降は「愛」と「染」の字から、縁結びと恋愛成就の仏として親しまれるようになりました。もとの意味とはずれますが、字が信仰を作った例として面白いところです。
愛染明王の読み方と梵名
読みは「あいぜんみょうおう」です。梵名のラーガラージャは「愛欲(ラーガ)の王(ラージャ)」を意味し、これを訳したのが「愛染」です。
「ラーガ」はもともと赤い色も意味する語で、全身を朱に塗るのはこの語の意味に沿ったものとされます。名と色がつながっています。
愛染明王(あいぜんみょうおう)
もっとも広く使われる形。
愛染王(あいぜんおう)
略した呼び方。
天弓愛染(てんきゅうあいぜん)
天へ向けて弓を引く形の像。
両頭愛染(りょうずあいぜん)
愛染明王と不動明王が一体になった形。
ラーガラージャ(Ragaraja)
意味は「愛欲の王」。読みは「らーがらーじゃ」。「ラーガ」が愛欲、「ラージャ」が王にあたる。
愛染明王の見分け方(印相・持ち物・姿)
愛染明王の見分けは、赤い体と弓矢の二点でつきます。明王のなかでは判じやすい仏です。
体の色 ─ 全身が朱
頭から足まで、全身が朱に塗られます。像が古びて剥落していても、赤い顔料の跡が残ることが多く見られます。
不動明王が青黒く塗られるのと対照的です。明王のなかで赤いのは愛染と覚えると早く判じられます。
光背も日輪を表す赤い円板で、これも特徴です。
持ち物 ─ 弓と矢
六本の腕に、五鈷杵・五鈷鈴・弓・矢・蓮華を持ち、残る一手は拳を握ります。
弓と矢を持つ仏はほとんどありません。これが決め手です。
矢を天へ向けて弓を引く形の像を天弓愛染といいます。星に矢を放って願いをかなえる、という修法に対応した姿です。
頭 ─ 獅子の冠と三つの目
宝冠の上に獅子の頭を戴きます。獅子は百獣の王で、この仏の力の強さを表します。
顔は三つの目を持ち、眉を吊り上げ、髪を逆立てます。ただし不動明王ほど激しい表情ではなく、どこか整った顔立ちに造られることが多く見られます。
獅子冠は愛染明王だけのもので、文殊菩薩が獅子に「乗る」のとは違います。
座 ─ 蓮華の下に宝瓶
蓮華座に結跏趺坐し、その下に宝瓶という壺を置きます。壺からは宝が溢れ出します。
蓮華の下に壺があるかどうかは、遠目にも確かめやすい特徴です。宝が湧き出す座に座るという形が、福徳を与える性格を示します。
愛染明王のご利益
縁結び・恋愛成就
「愛」の字から、近世以降に広まった信仰。
家庭円満
同じく愛の字による。
福徳・財運
座の下の宝瓶から宝が溢れることによる。
芸事の上達
染物や織物の職人が信仰したことから、技芸にも及ぶとされる。
愛染明王に会える寺
愛染明王は真言宗の寺に多く祀られ、「愛染堂」「愛染院」の名を持つ堂は各地にあります。大阪の愛染まつりは、この仏にちなむ夏祭りとして知られます。
ここに挙げたのは、その寺が所有していることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられた像だけです。愛染明王の重要文化財は各地にありますが、所有者と住所の両方を確かめられたものに絞っています。
西大寺 愛染堂(さいだいじ あいぜんどう)
重要文化財
善円という仏師の作とわかっている坐像です。厨子とあわせて重要文化財に指定されています。
鎌倉時代の作で、愛染明王の像としては早い時期の名品にあたります。厨子に納められた秘仏で、公開は限られます。
同じ寺には重要文化財の木造大黒天立像も伝わります。
寺は真言律宗の総本山。
東大寺 俊乗堂(とうだいじ しゅんじょうどう)
重要文化財
東大寺を再建した重源上人を祀る堂に伝わる愛染明王坐像です。
俊乗堂は年に数日だけ開かれます。同じ堂に安置される重源上人坐像は国宝で、日本の肖像彫刻の代表に数えられます。
公開日は限られる。
愛染明王をめぐる仏のつながり
愛染明王の位階と、似た仏との違い
愛染明王は明王の位に置かれます。ただし五大明王には数えられません。
明王は、如来が怒りの姿をとったものとされる位階です。愛染明王は金剛薩埵が姿を変えたものと説かれることが多く、大日如来の系統に連なります。
五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉)とは別に、単独で祀られることの多い明王です。
不動明王 ─ 赤いか、青黒いか
体の色で分かれます。愛染明王は朱、不動明王は青黒です。
持ち物も違い、愛染は弓と矢、不動は剣と羂索です。また愛染明王は坐像がほとんどで、蓮華座の下に宝瓶を置きます。
両頭愛染 ─ 顔が二つある
愛染明王と不動明王が一体になった形を両頭愛染といいます。頭が二つ並びます。
愛と怒りを一体にした姿で、密教の修法のなかで生まれました。作例は多くありません。
大威徳明王 ─ 弓を持つかどうか
大威徳明王も多くの腕に武器を持ちますが、水牛に乗り、六本の足を持ちます。
愛染明王は乗り物を持たず、蓮華座に座ります。
愛染明王についてよくある質問
愛染明王はどんな仏ですか。
愛欲や執着を、そのまま悟りへ向かう力に変えると説く明王です。全身が朱に塗られ、獅子の冠をかぶり、六本の腕に弓と矢を持ちます。
なぜ愛染明王は縁結びの仏とされるのですか。
「愛」と「染」の字から、近世以降に広まった信仰です。もとの意味は愛欲を悟りに変えることで、縁結びとは直接つながりません。
愛染明王の見分け方を教えてください。
全身が赤く、獅子の冠をかぶり、弓と矢を持っていれば愛染明王です。蓮華座の下に宝瓶を置く点も特徴です。
天弓愛染とは何ですか。
天へ向けて弓を引く形の愛染明王です。星に矢を放って願いをかなえるという修法に対応した姿です。
愛染明王は五大明王に含まれますか。
含まれません。五大明王は不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉の五体で、愛染明王は単独で祀られることが多い明王です。
愛染明王と併せて覚えたい言葉・用語
煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)
煩悩がそのまま悟りにつながるという考え方。愛染明王が体現する。
獅子冠(ししかん)
獅子の頭を戴く宝冠。愛染明王だけがかぶる。
五鈷杵(ごこしょ)
両端が五つに分かれた密教の法具。
宝瓶(ほうびょう)
宝が溢れ出すとされる壺。愛染明王の蓮華座の下に置かれる。
天弓愛染(てんきゅうあいぜん)
天へ向けて弓を引く形の愛染明王。