蛸の名で呼ばれる薬師如来。目の病に効くという言い伝えで親しまれた。
蛸薬師とはどんな仏か
蛸薬師をひとことで言えば通り名のついた薬師如来です。特定の一体を指すのではなく、各地の堂につけられた呼び名です。
名の起こりには説が分かれます。京都の場合は、堂が池のそばにあったことから水上薬師・澤薬師と呼ばれていたものが、いつのまにか蛸薬師と伝わったとされます。もとの名が言いまちがえられて定着したという筋立てです。
一方で、蛸そのものにあやかったという見方もあります。危ないと墨を吐き、暗いところでも目がきくとされたことから、目の病を癒やす力と結びつけられたという説明です。
どちらが本当かは決められていません。 京都のほか、関東や四国にも同じ名で呼ばれる堂があり、それぞれに別の由来が伝わっています。
蛸薬師の読み方と梵名
読みは「たこやくし」です。
「蛸」は海の生き物のたこを指します。仏の名にはめずらしい字で、通り名として後からついたことをよく示しています。
京都では地名としても使われ、通りの名に残っています。仏の名が土地の名になった例のひとつです。
蛸薬師(たこやくし)
もっとも広く使われる形。
蛸薬師如来(たこやくしにょらい)
仏の名として呼ぶ形。
澤薬師(さわやくし)
京都で名の起こりとされる古い呼び方。
水上薬師(みなかみやくし)
同じく名の起こりとされる呼び方。
蛸薬師の見分け方(印相・持ち物・姿)
像そのものはふつうの薬師如来です。 名は像の形ではなく、堂に積もった言い伝えのほうに付いています。
姿 ─ 薬師如来の決まりどおり
左手を膝の上に置き、掌に薬壺をのせます。右手は胸のあたりに上げ、掌を前に向けます。
蛸をかたどった意匠が像に付くわけではありません。 蛸の形を探しても見つかりません。
堂の名や絵馬、寺の縁起のほうに蛸が現れます。
ご利益 ─ 目と皮膚
目の病に効くという言い伝えが広く行われてきました。暗いところでも目がきくとされた蛸に、薬師如来の働きを重ねたものと説明されます。
江戸時代の書物には、蛸の絵馬を書いて願うと疣や痣に効くと記されています。
いずれも伝えであって、確かめられた事実ではありません。
広がり ─ 各地に同じ名
蛸薬師の名は京都だけのものではありません。関東や四国にも同じ名で呼ばれる堂があります。
同じ名でも、堂ごとに由来の話がまるで違います。 ひとつの伝承が広まったというより、蛸と薬師を結びつける発想が各地で別々に育ったとみられます。
海に近い土地に多いことも、その見方を支えています。
なぜ言い伝えが残ったのか
この名が長く使われたのは、覚えやすかったからだと考えられます。
薬師如来はどこにでもある仏です。 そのなかで一つの堂を言い分けるには、通り名が要ります。
蛸という思いがけない字が、その役を果たしました。名づけの由来が確かでなくても、名だけは残るという例です。
蛸薬師のご利益
目の病を癒やす
蛸が暗いところでも目がきくとされたことによる。
疣や痣を除く
江戸時代の書物に記された言い伝えによる。
病を癒やす
薬師如来そのものの働きによる。
蛸薬師に会える寺
蛸薬師の名を持つ国指定の彫刻は、確かめられませんでした。
文化庁の国指定文化財等データベースでも、この名を持つ国指定の彫刻は確かめられませんでした。堂の通り名であって、指定文化財の名称として使われていないためと考えられます。
どこで会えるかは、堂ごとに事情が異なります。 秘仏として厨子に納められ、決まった日にしか開かれない例もあります。出向く前に、その堂の公式の案内を確かめてください。
蛸薬師をめぐる仏のつながり
蛸薬師の位階と、似た仏との違い
蛸薬師は如来の位に置かれます。薬師如来につけられた通り名です。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。蛸薬師は薬師如来そのものですので、最上位の如来にあたります。
通り名がついても位階は変わりません。 名は暮らしのなかで生まれたものですが、像は経典の決まりどおりに作られています。
薬師如来 ─ 同じ仏の別の呼び名
蛸薬師は薬師如来の通り名です。像の形はまったく同じで、左手に薬壺をのせます。
別の仏ではありません。 どの堂の薬師如来を指しているかを言い分けるための名です。
薬師三尊 ─ 三体そろうかどうか
薬師三尊は薬師如来に日光・月光の二菩薩を添えた形です。
蛸薬師と呼ばれる堂の像が、三尊の形をとっているとはかぎりません。通り名と像の構成は結びついていません。
蛸薬師についてよくある質問
蛸薬師とは何ですか。
薬師如来につけられた通り名のひとつです。特定の一体を指すのではなく、各地の堂にこの名で呼ばれるものがあります。
なぜ蛸という名がついたのですか。
池のそばの堂を指す古い呼び名が変化したとする説と、蛸にあやかったとする説が伝わります。どちらが本当かは決められていません。
像に蛸の形はありますか。
ありません。像はふつうの薬師如来で、左手に薬壺をのせます。蛸は堂の名や絵馬のほうに現れます。
どんなご利益が伝わりますか。
目の病に効くという言い伝えが広く行われてきました。江戸時代の書物には疣や痣に効くとも記されています。いずれも伝えです。
蛸薬師の像はどこで見られますか。
文化庁の国指定文化財等データベースでも、この名を持つ国指定の彫刻は確かめられませんでした。堂ごとに公開の事情が異なります。
蛸薬師と併せて覚えたい言葉・用語
通り名(とおりな)
正式な名とは別に、人びとが呼びならわしてきた名。
縁起(えんぎ)
寺や堂の来歴を語る書きもの。
秘仏(ひぶつ)
厨子に納め、決まったときにしか開かない仏像。
絵馬(えま)
願いごとを書いて堂に納める板。