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天部

泥足毘沙門天(でいあしびしゃもんてん)とはどんな仏か|見分け方とご利益

泥足毘沙門天  / デイアシビシャモンテン

守護 民間信仰

堂を出て戦場へ加勢し、足を泥だらけにして戻ったと伝えられる毘沙門天。

泥足毘沙門天とはどんな仏か

泥足毘沙門天をひとことで言えば言い伝えによって名が付いた毘沙門天です。堂に納めた像が、持ち主の危急に堂を出て加勢し、戻ったときには足が泥にまみれていた、という話にもとづきます。

像そのものの形は、ふつうの毘沙門天と変わりません。 甲を着け、右手に鉾、左手に宝塔を捧げ、邪鬼を踏んで立ちます。刀八毘沙門天のように腕が増えることも、双身毘沙門天のように身体が二つになることもありません。

見分けの手がかりは、堂の由緒書きだけです。像の前に立っても、泥足かどうかは彫り方からは分かりません。

同じ筋の話は各地に伝わり、どれが最初かはわかっていません。戦国の武将と結びつけて語られる例が知られますが、伝えによって内容が異なります。

泥足毘沙門天の読み方と梵名

読みは「でいあしびしゃもんてん」です。「どろあし」と訓で読む土地もあります。

「泥足」は、泥にまみれた足という意味の、そのままの言葉です。姿を表す名ではなく、出来事を表す名です。

仏像の名は、ふつう姿か役目から付きます。出来事から付いた名はめずらしく、この一点だけでも覚えておく値打ちがあります。

泥足毘沙門天(でいあしびしゃもんてん)

もっとも広く使われる形。

泥足毘沙門(でいあしびしゃもん)

「天」を外した形。

どろあし毘沙門天(どろあしびしゃもんてん)

訓で読む形。

泥足毘沙門天の見分け方(印相・持ち物・姿)

姿はふつうの毘沙門天と同じです。名の由来は像ではなく、堂に伝わる話のほうにあります。

姿 ─ 通常の毘沙門天

甲を着け、右手に鉾、左手に宝塔を捧げ、邪鬼を踏んで立ちます。

腕も身体も増えません。 兜跋のように地天に支えられることもありません。

姿から泥足毘沙門天だと判じることはできません。 これがこの尊格のいちばん変わったところです。

名の由来 ─ 出来事から付く

堂を出て戦いに加勢し、戻ったときに足が泥だらけだった、という話が名のもとです。

朝、堂の扉を開けたら足に泥が付いていたという語り口が共通します。

夜のうちに像が動いたことを、泥という残りもので示す作りになっています。

由緒書きが唯一の手がかり

像の前に立っても、彫り方から泥足かどうかは分かりません。

堂に掲げられた由緒書き、寺の案内、伝えられてきた呼び名が手がかりになります。

同じ像が、寺によっては単に毘沙門天と呼ばれていることもあります。

なぜ記録が少ないのか

泥足毘沙門天は、経典に説かれた尊格ではありません。堂ごとの言い伝えとして生まれた名です。

そのため、姿を定めた図像集も、名を記した経典もありません。記録は寺の由緒のなかにしかなく、寺が絶えれば伝えも絶えます。

同じ筋の話は各地に伝わり、どれが最初かはわかっていません。

泥足毘沙門天のご利益

戦いに勝つ

加勢したという伝えによる。

危急を救う

堂を出て駆けつけたという話による。

財を守る

毘沙門天が財をつかさどるとされることによる。

泥足毘沙門天に会える寺

泥足毘沙門天を安置する堂は、確かめられませんでした。

文化庁の国指定文化財等データベースで「泥足毘沙門天」を引いても、国指定の彫刻は見あたりません。指定の名称は、像の形にもとづいて付けられるためです。

同じ像が、指定名称では「木造毘沙門天立像」と記されている可能性があります。 泥足という呼び名は寺の伝えの側にあり、文化財の名称の側には出てきません。会いたい場合は、寺が自ら出している由緒と拝観の案内で確かめてください。

泥足毘沙門天をめぐる仏のつながり

化身・同じ経典 三尊・脇侍・眷属 対になる仏 混同・見分け

泥足毘沙門天の位階と、似た仏との違い

泥足毘沙門天は天部の位に置かれます。毘沙門天の一つの呼び名です。

仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。泥足毘沙門天は毘沙門天そのものなので、天部にあたります。

ほかの変わった姿とは成り立ちが違います。兜跋・刀八・双身が姿の違いなのに対し、泥足は伝えの違いです。

同じ形の像が、堂に伝わる話によって別の名を得た例といえます。

毘沙門天 ─ 姿が同じ

姿はまったく同じです。甲を着け、鉾と宝塔を持ち、邪鬼を踏みます。

違うのは名の由来だけです。彫刻としては区別できません。

兜跋毘沙門天 ─ 同じく別名を持つ

どちらも毘沙門天の別の呼び方です。

見分けは容易です。兜跋毘沙門天は地天の両手に支えられて立ち、筒のような甲を着けます。泥足毘沙門天は通常の毘沙門天と同じ姿です。

勝軍地蔵 ─ どちらも武と結びつく

どちらも戦いに関わる伝えを持ちます。

見分けは容易です。勝軍地蔵は甲を着けた地蔵菩薩で、馬に乗ります。泥足毘沙門天は馬に乗らず、邪鬼を踏んで立ちます。

泥足毘沙門天についてよくある質問

泥足毘沙門天とは何ですか。

堂を出て持ち主に加勢し、戻ったときに足が泥だらけだったと伝えられる毘沙門天です。姿ではなく、出来事から名が付いています。

ふつうの毘沙門天とどう違いますか。

姿は同じです。甲を着け、鉾と宝塔を持ち、邪鬼を踏みます。違うのは堂に伝わる話のほうです。

どう見分けますか。

彫刻としては見分けられません。堂の由緒書き、寺の案内、伝えられてきた呼び名で判じるほかありません。

泥足毘沙門天の像はありますか。

この名で国の指定を受けた彫刻は確かめられませんでした。同じ像が指定名称では「木造毘沙門天立像」と記されている可能性があります。

誰が信仰したのですか。

戦国の武将と結びつけて語られる例が知られますが、同じ筋の話は各地に伝わり、内容も伝えによって異なります。

泥足毘沙門天と併せて覚えたい言葉・用語

由緒書き(ゆいしょがき)

堂や像の来歴を記した文。

宝塔(ほうとう)

毘沙門天が左手に捧げる小さな塔。

邪鬼(じゃき)

毘沙門天が足の下に踏む小さな鬼。

指定名称(していめいしょう)

文化財として登録するときに定めた正式な名。