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天部

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)とはどんな仏か|見分け方とご利益

兜跋毘沙門天  / トバツビシャモンテン

守護 インド由来

地の女神に足を支えられて立つ、独特の毘沙門天。

兜跋毘沙門天とはどんな仏か

兜跋毘沙門天をひとことで言えば女神に支えられる毘沙門天です。

ふつうの毘沙門天は、足もとで邪鬼を踏みつけます。兜跋毘沙門天は違います。地天女という地の女神が、両手で足を支えているのです。

踏むか、支えられるか。この一点で通常の毘沙門天と分かれます。 同じ尊格でありながら、足もとの意味が正反対になります。

装いも違います。西域風の金鎖甲という、鎖を編んだ鎧をまといます。頭には高い宝冠をかぶり、腰まで届く長い甲をつけます。左右には尼藍婆・毘藍婆という二匹の鬼がうずくまります。

「兜跋」は西域の地名だとされますが、確かなことはわかっていません。

京都の東寺には国宝の立像があり、平安京の羅城門の楼上に立っていたと伝えられます。都の入口を守る役目を負っていたことになります。

滋賀・大阪・和歌山・大分にも重要文化財の像が伝わります。

兜跋毘沙門天の読み方と梵名

読みは「とばつびしゃもんてん」です。

「兜跋」は西域の地名だとされます。中央アジアのある土地の名が、この形の毘沙門天の名になったという理解です。

ただし確かなことはわかっていません。 「刀抜」「兜抜」など字を変えた表記もあり、もとの語が何であったかも定まっていません。

「毘沙門」は梵名ヴァイシュラヴァナの音を漢字に写したもので、「よく聞くもの」という意味です。

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)

もっとも広く使われる形。

刀抜毘沙門天(とばつびしゃもんてん)

「刀抜」の字を当てた形。

兜抜毘沙門天(とばつびしゃもんてん)

「兜抜」と書く例もある。

羅城門の毘沙門天(らじょうもんのびしゃもんてん)

東寺の像を指す呼び方。

ヴァイシュラヴァナ(Vaisravana)

意味は「よく聞くもの」。毘沙門天の原語。兜跋という形は西域で生まれたとされ、これに対応する固有の梵名は確かめられなかった。読みは「う゛ぁいしゅらう゛ぁな」。

兜跋毘沙門天の見分け方(印相・持ち物・姿)

兜跋毘沙門天の見分けは、足もとの女神にあります。通常の毘沙門天との違いは、ここだけを見れば足ります。

足もと ─ 地天女が支える

地天女という地の女神が、両手を上げて毘沙門天の足を支えます。

女神は腰から下を地中に埋め、上半身だけを地上に出します。掌の上に毘沙門天の両足が載ります。

ふつうの毘沙門天は邪鬼を踏みつけます。 踏むか支えられるか。ここだけで二つの形が分かれます。 左右には尼藍婆・毘藍婆という二匹の鬼がうずくまります。

鎧 ─ 西域風の金鎖甲

金鎖甲という、鎖を編んだ鎧をまといます。

日本や中国の甲冑とは形が違い、腰から膝まで長く垂れます。西域から伝わった装いだとされます。

ふつうの毘沙門天が唐風の甲冑を着けるのに対し、こちらは異国の装いです。 体つきも細く、まっすぐ立ちます。

頭 ─ 高い宝冠

頭に高い宝冠をかぶります。筒のように高く、鳥の飾りを付けることもあります。

ふつうの毘沙門天は兜をかぶるか髻を結いますが、兜跋毘沙門天は冠をかぶります。

顔つきも、忿怒の相をとらず静かに前を見る作例が多く見られます。

持ち物 ─ 宝塔と戟

左手に宝塔を捧げ、右手に戟を握ります。ここはふつうの毘沙門天と同じです。

宝塔を捧げる天部はこの尊格だけなので、足もとを見る前に、まず宝塔で毘沙門天だと見当をつけることになります。

そのうえで足もとを見て、邪鬼か地天女かを確かめます。

兜跋毘沙門天のご利益

都の守り

羅城門に立って都を守ったという伝えによる。

厄除け

外から来る災いを防ぐ役目による。

財を得る

毘沙門天が財宝をつかさどることによる。

武運長久

武神としての性格による。

兜跋毘沙門天に会える寺

兜跋毘沙門天の像は、近畿から九州まで広く伝わります。和歌山の竜光院、愛知、兵庫にも重要文化財の像があります。

ここに挙げたのは、所有者が寺であることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。

なお岩手にも重要文化財の木造兜跋毘沙門天立像がありますが、所有者は「愛宕神社」で寺ではないため、この欄には入れていません。

東寺 毘沙門堂(とうじ びしゃもんどう)

国宝

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東寺 毘沙門堂の住所:京都市南区九条町1番地

像:木造兜跋毘沙門天立像(毘沙門堂安置)一躯/国宝

この像に結び付く願い:都の守り

兜跋毘沙門天の彫刻で唯一の国宝です。

文化庁の国指定文化財等データベースでは、所有者が宗教法人教王護国寺と記されています。教王護国寺は東寺の正式な寺号です。

平安京の羅城門の楼上に立っていたと伝えられます。都の入口に立って、外から来る災いを防いでいたことになります。 羅城門が倒れたのち、この寺に移されました。

同じ寺には国宝の五大明王像、重要文化財の木造夜叉神立像もある。

善水寺(ぜんすいじ)

重要文化財

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善水寺の住所:滋賀県(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)

像:木造兜跋毘沙門天立像 一躯/重要文化財

この像に結び付く願い:厄除け

文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が善水寺と記されています。

近江には兜跋毘沙門天の像が複数伝わり、東寺の国宝の像を写したものが各地に広まったことがうかがえます。

拝観の可否は寺に確かめる必要があります。

所有者は文化庁の国指定文化財等データベースで確認した。

妙香院(みょうこういん)

重要文化財

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妙香院の住所:大阪府(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)

像:木造兜跋毘沙門天立像 一躯/重要文化財

この像に結び付く願い:財を得る

文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が妙香院と記されています。

兜跋毘沙門天は、近畿から九州まで広く伝わりました。それだけ都を守った像の姿が求められたということです。

拝観の可否は寺に確かめる必要があります。

所有者は文化庁の国指定文化財等データベースで確認した。

永興寺(ようこうじ)

重要文化財

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永興寺の住所:大分県(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)

像:木造兜跋毘沙門天立像 一躯/重要文化財

この像に結び付く願い:武運長久

文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が永興寺と記されています。

九州にも兜跋毘沙門天の像が伝わります。

国境や海に近い土地でこの形が求められたのは、外から来るものを防ぐという役目によるものと考えられます。

所有者は文化庁の国指定文化財等データベースで確認した。

兜跋毘沙門天をめぐる仏のつながり

兜跋毘沙門天の位階と、似た仏との違い

兜跋毘沙門天は天部の位に置かれます。毘沙門天の一形態です。

仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。兜跋毘沙門天は天部です。

毘沙門天は、四天王の一員として並ぶときは多聞天、単独で祀られるときは毘沙門天と呼ばれます。兜跋毘沙門天はさらにその一形態で、足もとの形と装いが違います。

同じ尊格が、置かれ方と姿によって三通りの名を持つことになります。

毘沙門天 ─ 足もとで分かれる

もとになる尊格です。同じ仏の別の形にあたります。

見分けは足もとです。ふつうの毘沙門天は邪鬼を踏み、兜跋毘沙門天は地天女に支えられます。

装いも違い、ふつうの毘沙門天は唐風の甲冑、兜跋毘沙門天は西域風の金鎖甲をまといます。

吉祥天 ─ 妃とされる

毘沙門天の妃とされます。子の善膩師童子を加えて三体で並ぶことがあります。

ただし兜跋毘沙門天が三体で並ぶ例はほとんどありません。 単独で門や堂に立つのが基本です。

見分けは容易です。吉祥天は唐の貴婦人の衣をまとい、宝珠を捧げます。

持国天 ─ 四天王との違い

持国天は四天王の東方で、刀を握ります。兜跋毘沙門天は宝塔を捧げます。

宝塔を捧げる天部は毘沙門天だけです。 これが四天王のなかで多聞天を見つける決め手にもなります。

足もとも違います。持国天は邪鬼を踏み、兜跋毘沙門天は地天女に支えられます。

兜跋毘沙門天についてよくある質問

兜跋毘沙門天とはどんな仏ですか。

毘沙門天のうち、地天女という地の女神が両手で足を支える形のものです。西域風の金鎖甲をまとい、高い宝冠をかぶります。

ふつうの毘沙門天とどう違いますか。

足もとが違います。ふつうの毘沙門天は邪鬼を踏みつけ、兜跋毘沙門天は地天女に支えられます。装いも西域風です。

「兜跋」とは何ですか。

西域の地名だとされます。ただし確かなことはわかっておらず、「刀抜」「兜抜」など字を変えた表記もあります。

羅城門と関係がありますか。

あります。京都の東寺の国宝の像は、平安京の羅城門の楼上に立っていたと伝えられます。門が倒れたのち寺に移されました。

兜跋毘沙門天の像はどこで見られますか。

京都の東寺毘沙門堂に国宝の像があります。滋賀の善水寺、大阪の妙香院、大分の永興寺などにも重要文化財の像があります。

兜跋毘沙門天と併せて覚えたい言葉・用語

地天女(じてんにょ)

地の女神。兜跋毘沙門天の足を両手で支える。

金鎖甲(きんさこう)

鎖を編んだ鎧。西域から伝わった装い。

尼藍婆毘藍婆(にらんばびらんば)

兜跋毘沙門天の左右にうずくまる二匹の鬼。

羅城門(らじょうもん)

平安京の南の正門。兜跋毘沙門天が立っていたと伝わる。