山にこもる行の道をひらいたとされる人物。二匹の鬼を従える姿で彫られる。
役行者とはどんな仏か
役行者をひとことで言えば山の行者の祖です。奈良時代よりも前に、大和の葛城山で行を積んだと伝えられます。
役小角というのが本来の名で、行者は後から付いた呼び方です。実在した人物とされますが、その事績のほとんどは後の世に語り継がれたもので、確かなことはわかっていません。正史に見えるのは、人を惑わしたとして伊豆へ流されたという短い記事だけです。
この人を祖と仰ぐ道を修験道といいます。山を歩き、滝に打たれ、岩に登ることそのものを行とする道です。寺にも社にも収まりきらない場所に、この人の像は置かれてきました。
江戸時代の終わりに、朝廷から神変大菩薩という名が贈られました。人が後から菩薩の名を与えられた、めずらしい例です。
像は各地の山寺に伝わります。滋賀の石馬寺には、前鬼・後鬼とそろって三躯で重要文化財に指定された像があります。
役行者の読み方と梵名
読みは「えんのぎょうじゃ」です。「やくぎょうじゃ」ではありません。
「役」は氏の名で、大和の役君という一族の出とされます。「小角」は「おづの」または「おづぬ」と読みます。
神変大菩薩の「神変」は、思いもよらない現れ方をすることをいいます。梵名は伝わっていません。インドの仏ではなく、日本で生まれた尊格だからです。
役行者(えんのぎょうじゃ)
もっとも広く使われる形。
役小角(えんのおづの)
本来の名。「えんのおづぬ」とも読む。
神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)
江戸時代に朝廷から贈られた名。
役優婆塞(えんのうばそく)
在家のまま行を積む者を優婆塞という。
役行者の見分け方(印相・持ち物・姿)
一本歯の高下駄と、左右の二匹の鬼。この二つがそろっていれば役行者です。
持ち物 ─ 錫杖と経巻
右手に錫杖、左手に経巻を持つのが決まりです。
錫杖は先に金属の輪が付いた杖で、歩くたびに音が鳴ります。山を行くときに獣を遠ざける道具でもありました。
経巻は巻いた経典です。行だけでなく学びも修めたことを示します。武器はいっさい持ちません。
履物 ─ 一本歯の高下駄
歯が一本しかない高い下駄をはきます。これは役行者だけの目印といってよいものです。
険しい山道を歩くための履物とされますが、実際に歩くには相当の均衡が要ります。行の厳しさを、履物ひとつで示す仕掛けになっています。
岩を模した台座の上に、この下駄で腰かける形が定まっています。
姿 ─ 老いた行者の顔
顔には濃い髭をたくわえ、額に皺を刻んだ老人として彫られます。頭には頭巾をかぶります。
如来や菩薩のような整った顔立ちではなく、人としての年齢が刻まれた顔に作られます。冠も瓔珞も着けません。
衣は僧のものではなく、山を行く者の装いです。肩から袈裟を掛ける形もありますが、体の線が見える簡素な衣が多く見られます。
従える者 ─ 前鬼と後鬼
左右に前鬼・後鬼という二匹の鬼を従えます。夫婦の鬼とされ、役行者に従って山を歩いたと伝えられます。
前鬼は斧を、後鬼は水の入った瓶を持つ形が多く見られます。役行者よりずっと小さく彫られ、足もとにうずくまります。
滋賀の石馬寺の像は、この二鬼とそろえて三躯一組で重要文化財に指定されています。
役行者のご利益
足腰の健やかさ
山を歩き通したことによる。
道中の安全
険しい道を行く者の祖とされることによる。
厄除け
鬼を従えたという伝えによる。
願いを貫く力
流されてなお行をやめなかったという伝えによる。
役行者に会える寺
役行者の像は、修験道の山ならほとんどどこにでもあります。ただし国の指定を受けた古い像は多くありません。
ここに挙げたのは、所有者が寺であることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。
山の行場に置かれた像は、堂の中ではなく岩の上や道端にあることが多く、拝観の時間が決まっていない場合があります。
役行者をめぐる仏のつながり
役行者の位階と、似た仏との違い
役行者は羅漢と高僧の組に置かれます。仏として生まれたのではなく、人が後から尊ばれた例です。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があり、そのほかに実在した人を祀る組があります。役行者はここに入ります。
名は神変大菩薩ですが、これは江戸時代に贈られた諡であって、経典に説かれる菩薩ではありません。名に「菩薩」と付いていても、位階が菩薩になるわけではない例です。
蔵王権現 ─ 同じ修験の山の尊格
どちらも山の行と結びつきます。蔵王権現は役行者が感得したとされる尊格で、両者は師弟のような関係で語られます。
見分けは容易です。蔵王権現は片足を高く上げ、右手に三鈷杵を振り上げた忿怒の姿です。役行者は座って錫杖を持つ老人の姿です。
飯縄権現 ─ どちらも山の信仰から生まれた
どちらも日本の山で生まれた尊格です。インドの経典に出典を持ちません。
飯縄権現は烏の嘴と翼を持ち、狐に乗ります。役行者は人の姿のままです。人として彫られるか、異形として彫られるかが分かれ目です。
達磨 ─ どちらも人が尊格になった
どちらも実在したとされる人物で、後の世に像が作られました。
達磨は禅の祖、役行者は修験の祖です。見分けは持ち物です。達磨は何も持たず衣を頭からかぶり、役行者は錫杖と経巻を持って下駄をはきます。
役行者についてよくある質問
役行者とはどんな人ですか。
大和の葛城山で行を積んだと伝えられる人物で、山にこもる修行の道の祖とされます。実在したとされますが、事績の多くは後の世に語り継がれたもので、確かなことはわかっていません。
役行者の読み方は。
「えんのぎょうじゃ」です。本来の名は役小角で、「えんのおづの」または「えんのおづぬ」と読みます。
役行者はどう見分けますか。
歯が一本の高下駄をはき、右手に錫杖、左手に経巻を持ち、左右に前鬼・後鬼という二匹の鬼を従えます。この組み合わせは役行者だけのものです。
神変大菩薩とは何ですか。
江戸時代の終わりに朝廷から役行者に贈られた名です。経典に説かれる菩薩ではなく、人に後から与えられた諡にあたります。
役行者の像はどこで見られますか。
修験道の山の寺に広く伝わります。国の指定を受けたものでは、滋賀の石馬寺に前鬼・後鬼とそろった重要文化財の三躯があります。
役行者と併せて覚えたい言葉・用語
修験道(しゅげんどう)
山を歩き行を積む道。役行者を祖と仰ぐ。
錫杖(しゃくじょう)
先に金属の輪が付いた杖。歩くと音が鳴る。
前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)
役行者に従ったとされる夫婦の鬼。
優婆塞(うばそく)
出家せずに戒めを守る男性の信者。