頭上に十一の顔を戴き、あらゆる方角を見わたす観音。
十一面観音とはどんな仏か
十一面観音はひとことで言えばあらゆる方角を見張る観音です。
本面のほかに、頭上へ十一の小さな顔を戴きます。前後左右すべてに顔を向け、どの方角の苦しみも見落とさないという形です。
面白いのは、顔ごとに表情が決まっていることです。前の三面は穏やかな慈悲の相、左の三面は怒りの相、右の三面は牙を出して笑う相、背面の一面は大きく口を開けて笑う相、頂上の一面は如来の相。相手や状況によって使い分ける顔が、頭の上に全部並んでいます。
背面の顔を暴悪大笑面といいます。正面から見ることができないため、その存在を知らないまま通りすぎる人が多い顔です。悪を笑い飛ばす相とされます。
六観音では修羅道に堕ちた者を受け持ちます。日本では奈良時代から篤く信仰され、名品が多く残ります。
十一面観音の読み方と梵名
読みは「じゅういちめんかんのん」です。梵名のエーカーダシャムカは「十一(エーカーダシャ)の顔(ムカ)」を意味し、そのまま漢字に訳したのが「十一面」です。
本面を数に入れるかどうかで、頭上の面が十一のものと十のものがあります。どちらも十一面観音と呼びます。
十一面観音(じゅういちめんかんのん)
もっとも広く使われる形。
十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)
寺の由緒書に多い形。
十一面観自在菩薩(じゅういちめんかんじざいぼさつ)
密教の経典に見える形。
エーカーダシャムカ(Ekadasamukha)
意味は「十一の顔を持つ者」。読みは「えーかーだしゃむか」。
十一面観音の見分け方(印相・持ち物・姿)
十一面観音の見分けは容易ですが、背面の顔まで見るかどうかで、像の理解が大きく変わります。
頭上の面 ─ 向きごとに表情が違う
頭上に十一の小面を戴きます。並びと表情は経典で定められています。
前の三面は慈悲の相。善い行いをする者を励まします。
左の三面は怒りの相。悪い行いをする者を戒めます。
右の三面は牙を出して笑う相。清らかな行いをする者を褒めます。
背面の一面は大笑いする相。悪を笑い飛ばします。
頂上の一面は如来の相。悟りへ導きます。
正面から見えるのは、十一のうち九つまでです。
背面 ─ 暴悪大笑面
背面の一面を暴悪大笑面といいます。口を大きく開け、歯を見せて笑います。
慈悲の仏が背中で大笑いしている、という取り合わせが強い印象を残します。
堂に安置された像では、背面を見ることができないのが普通です。厨子の背後に回れる寺は限られます。見られる機会があれば、必ず回ってみる価値があります。
持ち物 ─ 水瓶と蓮華
姿 ─ 立像が多い
立像が多く、坐像は多くありません。腰をわずかにひねり、片足に重心をかけた姿勢に造られます。
聖林寺の像は木の心に麻布と漆を重ねた木心乾漆、向源寺の像は一本の木から彫り出した一木造で、同じ十一面観音でも技法によって肌合いがまるで違います。
十一面観音のご利益
厄除け・災難除け
十一面神呪心経に、病や災いを除く十の利益が説かれる。
病気平癒
同じ経に、病に苦しまないことが挙げられる。
所願成就
あらゆる方角を見わたすという性格による。
現世利益全般
観音菩薩の変化身であることによる。
十一面観音に会える寺
十一面観音は、奈良と滋賀に名品が集まっています。とくに琵琶湖の北岸には、平安時代の像が村ごとに残る土地があります。
ここに挙げたのは、その寺が所有していることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられた像だけです。
聖林寺(しょうりんじ)
国宝
天平彫刻を代表する十一面観音です。もとは近くの大神神社の神宮寺にあったものが、神仏分離のときにこの寺へ移されました。
木の心に麻布と漆を重ねた木心乾漆で造られ、指の一本一本まで柔らかく反ります。
専用の観音堂に安置され、周囲を回って見ることができます。
寺の公式サイトも「国宝 十一面観音」を掲げる。
向源寺(渡岸寺観音堂)(こうげんじ)
国宝
向源寺(渡岸寺観音堂)の住所:滋賀県(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造十一面観音立像(観音堂安置)/国宝
この像に結び付く願い:厄除け
平安初期の一木造で、十一面観音の像としてもっとも名高い一体に数えられます。
腰を強くひねった姿勢と、耳の後ろまで下がる大きな耳飾りが目を引きます。頭上の面は本面と別材で造られ、大きく作られています。
背面の暴悪大笑面まで見られる数少ない像で、堂の中を一周できます。
戦国の兵火の際、村人が土に埋めて守ったと伝わる。
法華寺 本堂(ほっけじ)
国宝
法華寺 本堂の住所:奈良県(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造十一面観音立像(本堂安置)/国宝
この像に結び付く願い:病気平癒
光明皇后の姿を写したと伝えられる像です。榧の一木から彫り出されています。
体に貼りつく衣、大きく開いた蓮の花を踏む台座など、ほかの十一面観音とは違う特徴が多く見られます。秘仏で、公開は年に数回に限られます。
光明皇后が創建した尼寺。
六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)
国宝
六波羅蜜寺の住所:京都府(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造十一面観音立像(本堂安置)/国宝
この像に結び付く願い:厄除け
空也が開いた寺の本尊です。十二年に一度、辰年にのみ開帳される秘仏です。
同じ寺には空也上人立像、平清盛坐像(いずれも重要文化財)が伝わります。
西国三十三所の第十七番札所。
十一面観音をめぐる仏のつながり
十一面観音の位階と、似た仏との違い
十一面観音は菩薩の位に置かれます。観音菩薩の変化身の一つです。
変化身のなかでは、日本にもっとも早く入ってきた一つとされます。奈良時代にはすでに信仰されており、変化観音のなかで最古の層にあたります。
六観音では修羅道を受け持ちます。
千手観音 ─ 腕の数で分ける
千手観音の多くも頭上に十一面を戴くため、面の数では区別できません。
腕を数えます。二本なら十一面観音、四十二本以上なら千手観音です。十一面千手観音という呼び方は、両方の特徴を備えた像を指します。
聖観音 ─ 頭上に面があるかどうか
聖観音は頭上に面を戴きません。宝冠に阿弥陀如来の化仏が一体付くだけです。
頭の上を見るのがいちばん確実です。小面が並んでいれば十一面観音です。
不空羂索観音 ─ 額の目と、投げ縄
不空羂索観音も頭上に化仏を戴きますが、額に第三の目があり、手に羂索という投げ縄を持ちます。
腕は八本が基本で、鹿の皮を肩にかけます。十一面観音は腕が二本で、水瓶を持ちます。
歓喜天 ─ 姿を変えて抱き止めた相手
位階も姿もまるで違いますが、由来のうえでつながっている相手です。
象の頭を持つ歓喜天はもともと仏法を妨げる神でしたが、十一面観音が女身に姿を変えて現れ、抱き止めることで味方に転じさせたとされます。歓喜天の双身像で抱き合う女天は、この十一面観音だと説かれます。
十一面観音は菩薩、歓喜天は天部で、位階は二つ違います。
十一面観音についてよくある質問
十一面観音の顔はなぜ十一もあるのですか。
あらゆる方角の苦しみを見落とさないためです。顔ごとに表情が定められ、慈悲・怒り・笑い・如来の相を使い分けます。
背面の顔は何ですか。
暴悪大笑面といい、口を大きく開けて笑う相です。悪を笑い飛ばすとされます。正面からは見えないため、気づかずに通りすぎる人が多い顔です。
十一面観音と千手観音はどう見分けますか。
腕の数で見分けます。千手観音の頭上にも十一面が付くことが多いので、面の数では判じられません。
十一面観音のご利益は何ですか。
十一面神呪心経に十の利益が説かれ、病に苦しまない、災いに遭わないなどが挙げられます。
有名な十一面観音はどこにありますか。
奈良の聖林寺、滋賀の向源寺、奈良の法華寺、京都の六波羅蜜寺に、いずれも国宝の立像があります。
十一面観音と併せて覚えたい言葉・用語
暴悪大笑面(ぼうあくだいしょうめん)
十一面観音の背面にある、大きく口を開けて笑う顔。
一木造(いちぼくづくり)
一本の木から像の主要部を彫り出す技法。平安初期に多い。
化仏(けぶつ)
宝冠などに付ける小さな仏の像。観音では阿弥陀如来が付く。
神仏分離(しんぶつぶんり)
明治初年に神社と寺を分けた政策。多くの仏像が移された。
秘仏(ひぶつ)
厨子に納めて普段は公開しない像。決まった日にだけ開帳する。