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天部

十二神将(じゅうにしんしょう)とはどんな仏か|見分け方とご利益

十二神将  / ジュウニシンショウ

守護 インド由来

薬師如来の十二の誓いを守る、十二体一組の武神。

十二神将とはどんな仏か

十二神将はひとことで言えば薬師如来の護衛部隊です。

薬師如来は、悟る前に十二の大願を立てました。その一つひとつを受け持って守るのが、この十二体です。もとは夜叉の首領たちで、それぞれが七千の眷属を率いると説かれます。十二掛ける七千で八万四千。人の煩悩の数と同じになります。

像はいずれも甲冑を着け、剣・鉾・弓・矢などを構えます。共通しているのは、全員が激しく動いていることです。腰をひねり、腕を振り上げ、片足を蹴り出す。仏像で一体だけ動きの大きいものは珍しくありませんが、十二体そろって動いているのはこの組だけです。

頭上に十二支の動物を戴く像も多く、自分の生まれ年の神将を拝む習わしが生まれました。ただし十二支を戴く形は鎌倉時代以降のもので、それ以前の像には見られません。

十二神将の読み方と梵名

読みは「じゅうにしんしょう」です。十二体それぞれに名があり、宮毘羅・伐折羅・迷企羅・安底羅・頞儞羅・珊底羅・因達羅・波夷羅・摩虎羅・真達羅・招杜羅・毘羯羅と並びます。いずれも梵名を音で写したものです。

宮毘羅(くびら)の名は、讃岐の金毘羅と同じ語にさかのぼるとされます。

十二神将(じゅうにしんしょう)

もっとも広く使われる形。

十二薬叉大将(じゅうにやくしゃたいしょう)

経典に見える形。もとが夜叉であることを示す。

十二夜叉大将(じゅうにやしゃたいしょう)

同じ意味の別表記。

クンビーラ(Kumbhira)

意味は「宮毘羅大将の梵名」。読みは「くんびーら」。金毘羅の名もこの語に由来するとされる。

ヴァジュラ(Vajra)

意味は「伐折羅大将の梵名。金剛」。読みは「ゔぁじゅら」。

十二神将の見分け方(印相・持ち物・姿)

十二神将の見分けは、十二体そろっているかどうかでほぼ決まります。個々の見分けは難しく、頭上の十二支に頼ることになります。

数 ─ 十二体で一組

十二体そろって一組です。堂の中に武神が十二体並んでいたら、まず十二神将と考えて差し支えありません。

中央には薬師如来がいます。十二神将は薬師如来の眷属なので、十二体が見えたら中央の仏は薬師如来と判じられます。逆向きの推理も成り立ちます。

四天王は四体、二十八部衆は二十八体です。数を数えるのがいちばん確実です。

姿 ─ 甲冑と、激しい動き

全員が甲冑を着け、武器を構えます。動きが大きいのが最大の特徴です。

腰をひねり、腕を振り上げ、口を開いて叫び、片足を上げる。十二体それぞれが違う動きをとるよう彫り分けられており、同じ姿勢のものはありません。

新薬師寺の像は塑造、つまり土で造られています。土は木より重く崩れやすいため、大きく動く姿勢を保つのが難しい素材です。それでこの動きを実現している点が評価されています。

頭上の十二支 ─ 鎌倉時代からの形

頭上に子・丑・寅といった十二支の動物を戴く像があります。

自分の生まれ年に当たる神将を拝む習わしは、ここから生まれました。

ただしこの形は鎌倉時代以降のものです。新薬師寺の像のような奈良時代の作には、十二支は付いていません。十二支が付いていないから十二神将ではない、とは言えません。

持ち物 ─ 決まっていない

持ち物は経典で厳密に定められておらず、寺や時代によって変わります。剣・鉾・弓・矢・三鈷杵・宝棒など、さまざまです。

手を口に当てて叫ぶ像、拳を握るだけの像もあります。

持ち物で個々を判じるのは難しいため、頭上の十二支か、寺の説明に頼ることになります。

十二神将のご利益

厄除け・災難除け

薬師如来を守る武神であることによる。

病気平癒

薬師如来の十二の誓いを守ることによる。

干支ごとの守護

頭上の十二支から、自分の生まれ年の神将が守るとされる。

十二神将に会える寺

十二神将は、薬師如来を本尊とする堂に置かれます。薬師如来のいる堂を探せば、十二神将にも会えるということになります。

ここに挙げたのは、その寺が所有していることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられた像だけです。

新薬師寺 本堂(しんやくしじ)

国宝

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新薬師寺 本堂の住所:奈良市高畑町1352番地

像:塑造十二神将立像 十一躯(宮毘羅大将像を除く)/国宝

この像に結び付く願い:厄除け・病気平癒

円形の壇の上で、薬師如来を十二神将が取り囲みます。日本でもっとも名高い十二神将です。

文化庁の登録名は「塑造十二神将立像(宮毘羅大将像を除く)」で、国宝は十一躯です。宮毘羅大将は後の世に補われたもので、指定に含まれません。

奈良時代の塑造で、土で造られています。彩色の跡が一部に残ります。

中央の木造薬師如来坐像も国宝。

興福寺 東金堂(こうふくじ とうこんどう)

国宝

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興福寺 東金堂の住所:奈良市登大路町48番地

像:木造十二神将立像(所在東金堂)十二躯/国宝

この像に結び付く願い:厄除け・干支ごとの守護

鎌倉時代の木造で、十二躯そろって国宝です。

頭上に十二支の動物を戴きます。新薬師寺の像には十二支が無いので、両方を見比べると形の変化がよくわかります。

同じ東金堂の木造文殊菩薩坐像、木造維摩居士坐像、木造四天王立像も国宝です。

興福寺には板に彫った国宝の板彫十二神将立像十二面も伝わる。

広隆寺(こうりゅうじ)

国宝

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広隆寺の住所:京都府(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)

像:木造十二神将立像(伝長勢作)十二躯/国宝

この像に結び付く願い:厄除け

平安時代の木造で、十二躯そろって国宝に指定されています。仏師長勢の作と伝えられます。

新薬師寺の激しい動きに比べると、こちらは静かで整った造形です。同じ十二神将でも、時代によって性格が変わることがわかります。

同じ寺の木造弥勒菩薩半跏像は国宝彫刻の第一号。

十二神将をめぐる仏のつながり

十二神将の位階と、似た仏との違い

十二神将は天部に置かれます。もとは夜叉、すなわちインドの鬼神です。

天部は、仏教以前のインドの神々が仏法を守る側に回ったものを指す位階です。十二神将はそのなかで薬師如来だけに仕える眷属という、限定された役目を負っています。

四天王が仏法全体を守るのに対し、十二神将は薬師如来の誓いを守ります。

四天王 ─ 数と、踏んでいるもの

どちらも甲冑を着けた武神です。数で分かれます。四体なら四天王、十二体なら十二神将です。

また四天王は足もとで邪鬼を踏みますが、十二神将は踏みません。地面を蹴り、跳ねるような姿勢をとります。

二十八部衆 ─ 守る仏が違う

二十八部衆は千手観音を守り、十二神将は薬師如来を守ります。

数を数えます。二十八体なら二十八部衆です。また二十八部衆には婆藪仙のような老人の姿や、迦楼羅のような鳥の頭の像が混ざり、全員が武神ではありません。

八部衆 ─ 姿が武神でそろっているか

八部衆は八体で、阿修羅・迦楼羅など姿がばらばらです。

十二神将は全員が甲冑の武神でそろいます。姿がそろっているかどうかが手がかりになります。

十二神将についてよくある質問

十二神将はどんな仏ですか。

薬師如来が立てた十二の誓いを、それぞれ受け持って守る十二体一組の武神です。もとは夜叉の首領たちとされます。

十二神将の頭の上の動物は何ですか。

十二支の動物です。自分の生まれ年に当たる神将を拝む習わしがあります。ただしこの形は鎌倉時代以降のもので、奈良時代の像には付いていません。

新薬師寺の十二神将はなぜ十一躯が国宝なのですか。

宮毘羅大将像が後の世に補われたものだからです。文化庁の登録名も「塑造十二神将立像(宮毘羅大将像を除く)」となっています。

十二神将と四天王はどう見分けますか。

数で見分けます。四体なら四天王、十二体なら十二神将です。四天王は足もとで邪鬼を踏みます。

十二神将の像はどこで見られますか。

奈良の新薬師寺、興福寺東金堂、京都の広隆寺に、いずれも国宝の像があります。

十二神将と併せて覚えたい言葉・用語

夜叉(やしゃ)

インドの鬼神。人を害するものと、仏法を守るものがある。

眷属(けんぞく)

中心の仏に従う仏や神々。

十二支(じゅうにし)

子から亥までの十二の動物。鎌倉時代以降の十二神将は頭上に戴く。

塑造(そぞう)

心木に藁を巻き、粘土を盛って造る技法。

宮毘羅大将(くびらたいしょう)

十二神将の筆頭。梵名はクンビーラ。