陽炎を神格化した天部。姿が見えないため武士に好まれた。
摩利支天とはどんな仏か
摩利支天はひとことで言えば見えない仏です。
日の光の前に立つ陽炎を神格化した天部です。禅居庵の説明によれば、仏説摩利支天経には「常に日月天の前を行く。日天・月天は彼を見ること能わず。彼は能く日を見る。人の見る能う無く、人の知る能う無し。人の捉える能う無く、人の縛る能う無し」と説かれます。
実体が無いから、傷つけられない。 この性格が、戦国の武将たちに好まれました。同じ寺の説明では、楠木正成や前田利家が兜の中に摩利支天の小像を入れて出陣したと伝え、山本勘助や大石内蔵助の信仰でも知られると記されます。
姿は、猪の背に乗り、三つの顔と六本または八本の腕を持つ形が多く見られます。猪に乗る仏はほかにほとんどありません。
摩利支天の読み方と梵名
読みは「まりしてん」です。禅居庵の説明によれば、梵名はマーリーチーで、陽炎を意味する語を音で漢字に写したものです。
同じ説明では、この女神はインドの創造神ブラフマー、すなわち梵天の子とされると記されています。
摩利支天(まりしてん)
もっとも広く使われる形。
摩利支天菩薩(まりしてんぼさつ)
菩薩として扱う呼び方。
摩利支尊天(まりしそんてん)
尊称を加えた形。
マーリーチー(Marici)
意味は「陽炎、光の粒」。読みは「まーりーちー」。「摩利支」はこれを音で写したもの。
摩利支天の見分け方(印相・持ち物・姿)
摩利支天の見分けは、猪に乗っているかどうかでつきます。像の作例は多くありませんが、見れば必ず判じられます。
乗り物 ─ 猪
猪の背に乗ります。一頭に乗る形と、七頭の猪が引く車に乗る形があります。
猪に乗る仏はほかにほとんどありません。これが最大の見分けです。
猪は勢いよくまっすぐ走る動物で、退かない性格を表すとされます。禅居庵の縁起でも、摩利支天は猪の背に坐して現れたと語られます。
顔と腕 ─ 三面六臂または八臂
持ち物 ─ 弓矢と天扇
弓・矢・剣・針・糸などを持ちます。なかでも特徴的なのが天扇です。
天扇は扇のような形をした持ち物で、これで自らの姿を隠すとされます。姿が見えないという性格を、道具で表したものです。
針と糸を持つのは、敵の目と口を縫い閉じるという意味とされます。
姿 ─ 女性の姿が基本
天女の姿で表されるのが基本です。ただし忿怒の相をとる像もあります。
多くが秘仏で、公開の機会は限られます。武将が兜に入れて携えたという小像も伝わりますが、像として展示されている例は多くありません。
摩利支天のご利益
勝負運・必勝
姿を見られずに敵へ近づけるという性格による。武将の信仰を集めた。
厄除け・身を守る
捕らえられず害されないという経の文言による。
開運
陽炎が日月の前を行くことによる。
亥年の守り
猪に乗ることから、亥年と結びつけて祀られる。
摩利支天に会える寺
摩利支天を祀る寺は、禅宗と日蓮宗に多く見られます。東京の徳大寺(上野)なども知られます。
文化庁の国指定文化財等データベースを彫刻の分野で検索した範囲では、「摩利支天」の名を持つ国宝・重要文化財の彫刻は見つかりませんでした。像の作例そのものが多くないうえ、秘仏として扱われてきたことが背景にあると考えられますが、理由を断定できる資料は確かめられませんでした。
この欄には、寺の公式サイトで祀っていることを確かめられた寺だけを挙げています。
禅居庵(建仁寺塔頭)(ぜんきょあん)
臨済宗建仁寺派の塔頭
臨済宗建仁寺の塔頭で、摩利支天を祀る寺として知られます。寺の公式サイトに「摩利支天について」の解説が置かれています。
開山の大鑑清拙正澄禅師は、渡来の僧です。中国から日本へ渡る船に乗る前、海岸で摩利支天が猪の背に坐して現れ、「東の国に縁がある。早く出航しなさい」と告げたと伝えられます。禅師は自ら清らかな泥土で坐像を作り、袈裟に包んで船に乗ったと記されます。
境内には猪の像が置かれ、狛犬ならぬ狛猪として知られます。
寺は「亥」との結びつきを掲げる。
摩利支天をめぐる仏のつながり
摩利支天の位階と、似た仏との違い
摩利支天は天部に置かれます。インドの神が仏法を守る側に回ったものです。
天部のなかでは、女性の姿をとる系統に属します。弁才天、吉祥天、鬼子母神と同じです。
禅居庵の説明では梵天の子とされます。天部のなかにも親子の関係があるという点は、覚えておくと系統がつかみやすくなります。
弁才天 ─ 猪に乗るか、琵琶を持つか
どちらも女性の姿の天部です。
猪に乗っていれば摩利支天、琵琶を抱いていれば弁才天です。弁才天は水辺に祀られ、摩利支天は禅寺に祀られる、という違いもあります。
荼枳尼天 ─ 猪か、狐か
どちらも動物に乗る女性の天部です。
乗り物で分かれます。猪なら摩利支天、白狐なら荼枳尼天です。持ち物も違い、荼枳尼天は稲束を担ぎます。
日天 ─ 光をつかさどる二体
日天は太陽そのものを神格化した天部です。摩利支天は太陽の前に立つ陽炎を神格化したものです。
禅居庵の説明では、摩利支天は日天・月天の前を行き、日天からは見えないとされます。両者は別の尊格です。
摩利支天についてよくある質問
摩利支天はどんな仏ですか。
日の光の前に立つ陽炎を神格化した天部です。実体が無いため捕らえることも傷つけることもできないとされます。
なぜ武士に信仰されたのですか。
姿を見られず、捕らえられず、害されないという性格によります。禅居庵の説明では、楠木正成や前田利家が兜の中に小像を入れて出陣したと伝えられます。
摩利支天の見分け方を教えてください。
猪に乗っているかどうかを見ます。猪に乗る仏はほかにほとんどありません。
摩利支天は男ですか、女ですか。
女性の姿で表されるのが基本です。ただし忿怒の相をとる像もあります。
摩利支天の像はどこで見られますか。
多くが秘仏で、公開の機会は限られます。京都の建仁寺塔頭である禅居庵は、この仏を祀る寺として公式に解説を掲げています。
摩利支天と併せて覚えたい言葉・用語
陽炎(かげろう)
熱で空気が揺らいで見える現象。摩利支天はこれを神格化したもの。
天扇(てんせん)
摩利支天が持つ扇形の持ち物。自らの姿を隠すとされる。
塔頭(たっちゅう)
大きな寺の境内にある小さな寺。
日天(にってん)
太陽を神格化した天部。十二天の一つ。
狛猪(こまいのしし)
狛犬の代わりに猪を置いたもの。禅居庵に見られる。