片足を組み、指を頬に添えて思いにふける弥勒の像。日本の半跏思惟像の代表。
弥勒菩薩半跏思惟像とはどんな仏か
弥勒菩薩半跏思惟像をひとことで言えば考えている姿の仏像です。台座に腰かけ、右足を折って左の膝の上に載せ、右手の指を軽く頬のあたりへ寄せます。
半跏は片足を組むこと、思惟は思いをめぐらすことをいいます。弥勒は遠い未来にこの世へ下って教えを説くとされ、その時が来るまで、どうやって人々を救うかを思案し続けていると説かれます。待っているあいだの時間そのものを彫った像だといえます。
飛鳥時代に大陸から伝わり、日本でも数多く造られました。京都の広隆寺には、国宝の木造弥勒菩薩半跏像が二躯伝わります。
なお、尊格としての弥勒菩薩には別に記事があります。この記事は像の形の話ですので、あわせて読むと、教えの中身と彫られた形の違いがはっきりします。
弥勒菩薩半跏思惟像の読み方と梵名
読みは「みろくぼさつはんかしゆいぞう」です。「思惟」を「しい」と読む言い方もありますが、仏像の名では「しゆい」と読むのがふつうです。
「半跏」は片方の足だけを組むこと、「結跏趺坐」は両足を組むことをいいます。座り方の名が違うだけで、指す形はまったく別のものになります。
文化庁の指定名称では「思惟」を省いて「木造弥勒菩薩半跏像」と記されます。 呼び名と指定名称がずれるので、探すときは短いほうの語も試すとよいでしょう。
弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)
像の形をそのまま示した長い呼び方。
半跏思惟像(はんかしゆいぞう)
尊名を省いた形。弥勒以外の像にも使う。
木造弥勒菩薩半跏像(もくぞうみろくぼさつはんかぞう)
文化財の指定名称で使われる形。
思惟半跏像(しゆいはんかぞう)
語順を入れかえた形。
マイトレーヤ(Maitreya)
意味は「慈しみから生まれたもの」。「マイトリー」が慈しみを意味する。読みは「まいとれーや」。
弥勒菩薩半跏思惟像の見分け方(印相・持ち物・姿)
片足を組み、指先を頬に寄せる。 この二つがそろえば半跏思惟像です。
姿 ─ 片足を組んで腰かける
台座に腰かけ、右足を折り曲げて左の膝の上に載せます。左足は下ろし、踏み下げ台に置きます。
この座り方を半跏といいます。両足を組む如来の坐像とも、踏みしめて立つ明王とも、遠目からはっきり違って見えます。
体は細身に作られ、腰から上をわずかにかがめて前へ傾けるのがふつうです。
手 ─ 指を頬に寄せる
右の腕を膝の上に立て、手の指を軽く頬のあたりへ寄せます。指が頬に触れていない作例も多く、ふれるか、ふれないかのわずかな隙をとります。
この指先と頬のあいだの空きこそが、半跏思惟像をいちばん深く味わえる場所です。
左手は下ろした足の上か、組んだ足首の上に添えます。
頭 ─ 宝冠か、結い上げた髪か
広隆寺の二躯は、頭の作りが違うと伝えられます。一方は宝冠をいただき、もう一方は髪を高く結い上げた形とされ、それぞれ通称で呼び分けられてきました。
ただし国の指定名称はどちらも同じ「木造弥勒菩薩半跏像」で、通称は記されていません。
菩薩の像ですので、瓔珞などの装身具を着けるのがふつうです。
弥勒菩薩半跏思惟像のご利益
思いを定める
思案の姿に表されることによる。
未来に救われる
弥勒が遠い未来に下って教えを説くとされることによる。
学びの成就
兜率天で教えを説き続けているとされることによる。
弥勒菩薩半跏思惟像に会える寺
半跏思惟の形をとる像は、飛鳥時代から奈良時代にかけての作例が各地に伝わります。ここに挙げたのは、所有者が寺であることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。
奈良県や大阪府にも同じ名称の国指定の像がありますが、所有者を確かめられなかったため、この欄には入れていません。
同じ寺に国宝の半跏思惟像が二躯そろうのは、たいへんめずらしい例です。
広隆寺(こうりゅうじ)
国宝
広隆寺の住所:京都府(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造弥勒菩薩半跏像 一躯/国宝(同じ名称の国宝が二件、別々に指定)
この像に結び付く願い:思いを定める
国宝の木造弥勒菩薩半跏像が二躯伝わります。文化庁の国指定文化財等データベースでは、同じ名称の国宝が二件、それぞれ別に登録されています。
二躯は頭の作りが違うと伝えられ、古くから通称で呼び分けられてきましたが、指定名称に通称は記されていません。
員数はいずれも一躯。
弥勒菩薩半跏思惟像をめぐる仏のつながり
弥勒菩薩半跏思惟像の位階と、似た仏との違い
弥勒菩薩半跏思惟像は菩薩の位に置かれる仏を表した像です。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。弥勒は如来になることが約束されていますが、いまはまだ菩薩の位にあります。
半跏思惟という形は、その「まだ如来になっていない」時期を彫ったものです。弥勒を如来として表す場合は、両足を組んで印を結ぶ姿になり、半跏思惟の形はとりません。
弥勒菩薩 ─ 尊格と、像の形
この記事は像の形を扱い、尊格としての弥勒菩薩には別の記事があります。
弥勒菩薩の像は半跏思惟の形だけではありません。立像も、両足を組んだ坐像もあります。 半跏思惟は、そのうちの一つの形です。
如意輪観音 ─ どちらも指を頬に寄せる
どちらも指先を頬のあたりへ寄せます。見分けは腕の数です。
如意輪観音は腕が六本あり、輪宝や宝珠を持ちます。 半跏思惟像の腕は二本だけで、持ち物もありません。座り方も、如意輪観音は片膝を立てる形が多く、半跏とは違います。
菩薩半跏像 ─ 尊名が定まらない場合
半跏思惟の形をとりながら、どの尊格かを確かめられない像もあります。その場合の指定名称は「木造菩薩半跏像」「銅造菩薩半跏像」となります。
形が同じでも、弥勒と断じられていない像があるということです。堂の名札や指定名称の書き方に気をつけて見ると分かります。
弥勒菩薩半跏思惟像についてよくある質問
半跏思惟とは何ですか。
片足をもう一方の膝に載せて腰かけ、指を頬のあたりへ寄せて思いをめぐらす姿をいいます。半跏が足の組み方、思惟が思いをめぐらすことです。
何を考えているのですか。
遠い未来にこの世へ下ったとき、どうやって人々を救うかを思案していると説かれます。待つあいだの姿を彫ったものです。
弥勒菩薩の記事とどう違いますか。
この記事は像の形を扱います。尊格としての弥勒菩薩には別に記事がありますので、あわせて読むと教えの中身と形の違いがはっきりします。
如意輪観音とどう見分けますか。
腕の数です。如意輪観音は六本、半跏思惟像は二本で、持ち物もありません。
半跏思惟像はどこで見られますか。
京都の広隆寺に国宝の木造弥勒菩薩半跏像が二躯伝わります。同じ名称の国宝が二件、別々に指定されています。
弥勒菩薩半跏思惟像と併せて覚えたい言葉・用語
半跏(はんか)
片足をもう一方の膝に載せて腰かける座り方。
思惟(しゆい)
思いをめぐらすこと。仏像の名では「しゆい」と読む。
兜率天(とそつてん)
弥勒がいまいるとされる天。