五十三人の師を訪ね歩いた、求道の少年。
善財童子とはどんな仏か
善財童子をひとことで言えば旅する少年です。仏でも菩薩でもなく、教えを求める側の人間として描かれる、めずらしい像です。
物語は華厳経の入法界品に語られます。文殊菩薩に会った善財童子は、悟りへの道を尋ねます。文殊は「わたし一人では教えきれない。多くの人を訪ねなさい」と言い、旅に送り出しました。
そこから少年は五十三人を訪ね歩きます。相手は菩薩や僧だけではありません。長者、船乗り、医者、王、遊女まで含まれます。悟りへの道は寺の中だけにあるのではない、という考え方がこの顔ぶれに表れています。
最後に普賢菩薩のもとで、旅の答えを得ます。
日本では、東海道の宿駅が五十三あるのはこの五十三人にちなむという説が語られてきました。確かなことはわかっていませんが、この物語がそれだけ広く知られていたことは示しています。
善財童子の読み方と梵名
読みは「ぜんざいどうじ」です。
名は梵名スダナを意味で訳したものです。「ス」がよい、「ダナ」が財を指し、あわせて「よき財を持つ者」となります。生まれたとき家に宝が湧いたという話にちなみます。
「童子」は少年を指す語です。不動明王に従う矜羯羅童子・制多迦童子も同じ「童子」ですが、あちらは明王の眷属、こちらは求道の人間で、性格がまったく違います。
善財童子(ぜんざいどうじ)
もっとも広く使われる形。
善財(ぜんざい)
略した形。
スダナ(すだな)
梵名の音をかなにした形。
五十三参(ごじゅうさんげん)
五十三人を訪ねる旅を指す言葉。
スダナ(Sudhana)
意味は「よき財を持つもの」。「ス」がよい、「ダナ」が財を指す。「善財」はこれを意味で訳したもの。読みは「すだな」。
善財童子の見分け方(印相・持ち物・姿)
善財童子の見分けは、大きさと姿勢にあります。周りの仏より小さく造られ、仰ぎ見る姿をとります。
大きさ ─ 中尊よりずっと小さい
善財童子は、三尊像や五尊像のなかでいちばん小さく造られます。
中尊の文殊菩薩が大人の姿であるのに対し、こちらは少年の背丈です。奈良の安倍文殊院の渡海文殊では、その差がはっきりわかります。
小ささそのものが、この像の意味です。教えを求める側であることを、大きさで示しています。
姿勢 ─ 仰ぎ見て合掌する
両手を合わせ、顔を上げて中尊を仰ぎ見る姿勢をとります。
仏像の多くは正面を向くか、まっすぐ前を見ます。顔を上に向けた像は少なく、この姿勢だけで善財童子と見当がつきます。
渡海文殊では、獅子に乗る文殊菩薩の前を歩き、振り返って仰ぎ見る形に造られます。
装い ─ 菩薩の装身具を着けない
宝冠も瓔珞も着けません。簡素な衣をまとった少年の姿です。
髪は肩まで垂らすか、頭の上で束ねます。裸足で立つ作例もあります。
菩薩の装身具を着けないのは、この像が菩薩ではないからです。位階の外にいる存在であることが、装いに表れています。
どこにいるか ─ 文殊菩薩のそば
善財童子が単独で祀られることは、ほとんどありません。文殊菩薩の脇侍として置かれます。
渡海文殊という形では、文殊菩薩・獅子を引く優填王・善財童子・仏陀波利三蔵・最勝老人の五体で一組になります。海を渡る場面を表したものです。
京都の智恩寺の三尊像でも、文殊菩薩の脇に立ちます。
善財童子のご利益
学業成就
教えを求めて旅した少年であることによる。
智慧を得る
文殊菩薩の脇侍を務めることによる。
旅の安全
五十三人を訪ねる旅にちなむ。
子どもの成長
少年の姿であることによる。
善財童子に会える寺
善財童子は、文殊菩薩の脇侍として会うのがふつうです。単独で祀る堂はほとんどありません。
ここに挙げたのは、所有者が寺であることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。
岐阜の長瀧寺のように、単独で登録された例もありますが、数はごく限られます。
智恩寺(ちおんじ)
重要文化財
文殊菩薩を中心に、善財童子と優填王が脇に立つ三躯です。
文化庁の国指定文化財等データベースでは、三躯ひとまとまりで重要文化財に登録され、所有者は智恩寺と記されています。
天橋立のたもとにあり、日本三文殊のひとつに数えられます。寺のある地名が「文珠」であることが、この寺と文殊菩薩の結びつきの深さを示しています。
所在地は公式サイトで確かめた。
安倍文殊院(あべもんじゅいん)
国宝
獅子に乗る文殊菩薩と四体の脇侍がそろう、渡海文殊の代表作です。善財童子はその一躯にあたります。
快慶の作とされ、海を渡る場面を表しています。獅子の前を歩く善財童子が、振り返って文殊菩薩を仰ぎ見る姿に造られています。
善財童子の姿がもっともよくわかる像です。
文化庁の国指定文化財等データベースで確かめた。
善財童子をめぐる仏のつながり
善財童子の位階と、似た仏との違い
善財童子は菩薩の枠に置かれます。ただし本来は仏でも菩薩でもなく、教えを求める人間です。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。善財童子はこのどれにも当てはまりません。
悟りを求める側の人間として描かれる存在で、如来でも菩薩でも天部でもありません。それでも堂に置かれ、像として造られてきました。
文殊菩薩 ─ 師と弟子
善財童子を旅へ送り出したのが文殊菩薩です。師と弟子の関係にあたります。
見分けは大きさと乗り物です。文殊菩薩は獅子に乗り、剣と経巻を持ちます。善財童子は小さく、何も持たずに合掌します。
渡海文殊では、この二体が並んで一つの場面をつくります。
矜羯羅童子 ─ 同じ「童子」でも性格が違う
どちらも少年の姿で、名に「童子」が付きます。
役目がまったく違います。 矜羯羅童子は不動明王に仕える眷属で、天部に近い性格です。善財童子は教えを求める人間です。
見分けは誰のそばにいるかです。不動明王の脇なら矜羯羅童子、文殊菩薩の脇なら善財童子です。
普賢菩薩 ─ 旅の終着点
善財童子が最後に訪ねたのが普賢菩薩です。旅の始まりが文殊、終わりが普賢という筋書きになっています。
智慧を受け持つ文殊から出発し、実際の行いを受け持つ普賢に至る。知ることから行うことへ、という道筋がこの物語の骨組みです。
見分けは乗り物です。普賢菩薩は白象に乗ります。
善財童子についてよくある質問
善財童子とはどんな仏ですか。
仏でも菩薩でもなく、悟りを求めて旅した少年です。華厳経に語られ、文殊菩薩にうながされて五十三人の師を訪ね歩きました。
善財童子はどう見分けますか。
周りの像よりずっと小さく、合掌して顔を上げ中尊を仰ぎ見ます。宝冠も瓔珞も着けない少年の姿です。
五十三人とはどういう人たちですか。
菩薩や僧だけでなく、長者・船乗り・医者・王・遊女まで含まれます。悟りへの道は寺の中だけにあるのではないという考え方が表れています。
東海道五十三次と関係がありますか。
宿駅の数が五十三なのはこの五十三人にちなむという説があります。確かなことはわかっていませんが、この物語が広く知られていたことは示しています。
善財童子の像はどこで見られますか。
奈良の安倍文殊院の渡海文殊、京都の智恩寺の三尊像で、文殊菩薩の脇に立つ姿を見られます。岐阜の長瀧寺には単独で指定された立像があります。
善財童子と併せて覚えたい言葉・用語
入法界品(にゅうほっかいぼん)
華厳経の最後の章。善財童子の旅を語る。
善知識(ぜんちしき)
教えを説き導いてくれる人。善財童子が訪ねた五十三人がこれにあたる。
渡海文殊(とかいもんじゅ)
文殊菩薩と四体の脇侍が海を渡る場面を表した五体一組の像。
優填王(うでんおう)
渡海文殊で獅子の手綱を引く王。