怒らないと誓って東方に浄土をひらいた、揺るがない仏。
阿閦如来とはどんな仏か
阿閦如来をひとことで言えば怒らないと誓った仏です。密教で説く金剛界五仏のうち、東方を受け持ちます。
まだ修行中の身だったころ、この仏はひとつの誓いを立てました。生きとし生けるものに対して、どんなことがあっても怒りや憎しみを起こさない、という誓いです。腹を立てないという一点だけを守りとおして仏になった、という筋書きが経典に語られています。
この誓いは、守るのがきわめて難しいものとして描かれます。 経典は「もし怒りを起こしたなら、それは仏をだましたことになる」と言い、後戻りのできない約束として説きます。怒りを断つことがそのまま悟りへの道になる、という考え方が、この仏の全体を貫いています。
治める世界は東方の妙喜世界といい、そこには苦しみも争いも無いとされます。阿弥陀如来の極楽浄土が西にあるのに対し、こちらは東にあります。
日本では単独で祀られることが少なく、五智如来の一員として並ぶ形がほとんどです。そのため名前を知らないまま像を見ている人が多い仏でもあります。
阿閦如来の読み方と梵名
読みは「あしゅくにょらい」です。「閦」は日ごろ使わない字で、単独ではまず見かけません。
「阿閦」は梵名アクショービヤの音を漢字に写したものです。意味で訳すと「動じないもの」となり、経典では不動仏・無動如来とも書かれます。
ただしこの「不動」は、明王の不動明王とはまったく別の仏を指します。 名が似ているだけで、位階も役目も違います。
阿閦如来(あしゅくにょらい)
もっとも広く使われる形。
阿閦仏(あしゅくぶつ)
経典ではこの形も多い。
不動仏(ふどうぶつ)
梵名を意味で訳した名。不動明王とは別の仏。
無動如来(むどうにょらい)
同じく意味で訳した名。
アクショービヤ(Aksobhya)
意味は「揺るがないもの」。心を乱されない、動じないという意味。読みは「あくしょーびや」。
阿閦如来の見分け方(印相・持ち物・姿)
如来の像はどれも装身具を着けず、似た姿をしています。阿閦如来の見分けは、右手が地に触れているかどうかの一点にかかっています。
印相 ─ 指先で地に触れる
右手を膝から下へ垂らし、指先で台座に触れる形を触地印といいます。阿閦如来はこの印を結びます。
大地に手を触れるのは、「わたしが修行を積んできたことは、この大地が知っている」と証を立てる仕草です。
ここに大きな落とし穴があります。 釈迦如来が悟りを開く直前、悪魔の誘惑を退けたときに結んだ降魔印も、まったく同じ形です。手の形だけでは釈迦如来と区別がつきません。
持ち物と体の色 ─ 何も持たず、青く塗る
如来なので持ち物はありません。左手は膝の上に置き、掌を上に向けるか、衣の端を握ります。
体の色は青とされます。曼荼羅に描かれるときは濃い青で塗られ、揺るがない心を色で表します。ただし木彫の像では色が落ちていることが多く、当てにはなりません。
象徴として使われるのは五鈷杵という密教の法具です。像そのものが持つわけではなく、この仏を表す印として曼荼羅などに用いられます。
姿と装身具 ─ 冠をかぶる像とかぶらない像
如来なので、本来は冠も瓔珞も着けません。頭は螺髪で覆われ、衣一枚をまといます。
ただし五智如来として並ぶときは、五体そろって宝冠をかぶることがあります。中央の大日如来にそろえた形で、鎌倉時代以降の作例に多く見られます。冠をかぶった阿閦如来を見ても、間違いではありません。
台座は蓮華座です。曼荼羅の図像では象が座を支える形が説かれますが、日本の彫刻でその通りに造られた例は多くありません。
並び方 ─ 東はどちら側か
五智如来が横一列に並ぶとき、どの位置が東なのかは堂の向きで決まります。
密教の曼荼羅では、上が西、下が東という、地図とは逆の約束が使われます。堂内の像も、正面から見て手前を東として配することがあります。
そのため「向かって右が東」と決めつけると外します。並び順を確かめたいときは、手の形を一体ずつ見ていくほうが確実です。
阿閦如来のご利益
怒りを鎮める
この仏の誓いそのもの。腹立ちを抑えたいときに念じるとされる。
心の安定
揺るがないという名にちなむ。
病を退ける
妙喜世界には病苦が無いと説かれることによる。
悪縁を断つ
争いの起こらない世界を治めることによる。
阿閦如来に会える寺
阿閦如来だけを本尊とする寺は、日本にはほとんどありません。五智如来の一員として並ぶ形で会うのがふつうです。
ここに挙げたのは、所有者が寺であり、かつその寺で像を保管していることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。
なお五智如来で唯一の国宝である京都の安祥寺の五躯は、所有者こそ寺ですが、保管施設が京都国立博物館と登録されています。寺へ行っても会えないため、この欄には入れていません。
西大寺(さいだいじ)
重要文化財
四体一組で伝わる如来像のうちの一躯が阿閦如来です。
文化庁の国指定文化財等データベースでは、この四躯がひとまとまりで重要文化財に登録され、所有者は西大寺と記されています。
五智如来のうち大日如来を欠いた四体という珍しい構成で、もとの安置の形については諸説があります。
同じ寺には愛染明王の重要文化財の坐像も伝わる。
阿閦如来をめぐる仏のつながり
阿閦如来の位階と、似た仏との違い
阿閦如来は如来の位に置かれます。密教の金剛界五仏のうち、東方を受け持ちます。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。阿閦如来は最上位の如来にあたります。
如来のなかでも、密教では大日如来を中心に据え、その四方に阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就を配します。この五体をまとめて五智如来と呼びます。阿閦如来は東の位置です。
釈迦如来 ─ 同じ手の形をする
もっとも間違えやすい相手です。触地印と降魔印は、外から見るとまったく同じ形です。
釈迦如来が単独で祀られるときは、右手を上げる施無畏印と左手を下げる与願印の組み合わせが多く、地に触れる形は多くありません。
見分けたいときは、周囲に五体そろっているかどうかを見ます。五体並ぶうちの一体で右手が地に触れていれば、それは阿閦如来です。
不動明王 ─ 名が似ているだけの別の仏
阿閦如来は不動仏とも訳されます。この名から不動明王と同じだと思われがちですが、別の仏です。
不動明王は忿怒の顔をし、剣と羂索を持ち、火を背負います。阿閦如来は穏やかな顔で、何も持ちません。
梵名も違います。阿閦如来はアクショービヤ、不動明王はアチャラナータで、共通するのは「動かない」という意味だけです。
大日如来 ─ 五智如来の中心と東
どちらも金剛界五仏に数えられます。中心が大日如来、東が阿閦如来です。
大日如来は右手で左手の人差し指を握る智拳印を結びます。阿閦如来は右手を地に垂らします。
五体が並ぶとき、中央でいちばん大きく、指を組んでいる像が大日如来だと考えて差し支えありません。
阿閦如来についてよくある質問
阿閦如来はどんな仏ですか。
東方の妙喜世界を治める如来です。「けっして怒りを起こさない」という誓いを守りとおして仏になったと説かれ、金剛界五仏の東方を受け持ちます。
阿閦如来と釈迦如来はどう見分けますか。
手の形だけでは見分けがつきません。どちらも右手を地に触れる形をとることがあります。五体そろった五智如来のなかにいるかどうかで判断します。
「閦」はどう読みますか。
「しゅく」と読みます。阿閦如来で「あしゅくにょらい」です。梵名アクショービヤの音を写した字で、ほかの語ではまず使われません。
阿閦如来のご利益は何ですか。
怒りを鎮めることが本領とされます。心を乱されない、動じないという名にちなみ、心の安定を願って拝まれます。
阿閦如来の像はどこで見られますか。
奈良の西大寺と、大阪の天野山金剛寺五仏堂に国指定の像が伝わります。京都の安祥寺が所有する国宝の五躯は、保管施設が京都国立博物館と登録されています。
阿閦如来と併せて覚えたい言葉・用語
触地印(そくちいん)
右手を垂らし、指先で地に触れる手の形。大地に証を立てる仕草。
金剛界五仏(こんごうかいごぶつ)
大日・阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就の五体。五智如来ともいう。
妙喜世界(みょうきせかい)
阿閦如来が治める東方の浄土。争いも苦しみも無いとされる。
螺髪(らほつ)
如来の頭を覆う、粒のように巻いた髪。
五鈷杵(ごこしょ)
両端が五つに分かれた密教の法具。煩悩を砕く武器を表す。