芸事をつかさどる天女。日本に像は一躯しかない。
伎芸天とはどんな仏か
伎芸天をひとことで言えば芸事の女神です。歌舞や技芸をつかさどります。
生まれ方が変わっています。大自在天の髪の生え際から生まれたと説かれます。頭から生まれた、というより、髪の際という一点から現れたのです。
この尊格の最大の特徴は、日本に像が一躯しかないことです。奈良の秋篠寺に伝わる立像だけで、文化庁の国指定文化財等データベースにも「木造伝伎芸天立像」の名で一件しか登録がありません。
「伝」の字が付くのは、本当に伎芸天なのかが確かめられていないためです。 経典に説かれる伎芸天の姿と、この像の姿が一致しないという指摘があります。
像そのものにも二重の事情があります。頭部だけが天平時代の乾漆、体は鎌倉時代に木で継がれたものです。時代の違う二つの部分が、ひとつの像として立っています。
首をわずかにかしげ、腰をひねって立つ姿は、日本の彫刻でもっとも知られた立ち姿のひとつです。
伎芸天の読み方と梵名
読みは「ぎげいてん」です。
「伎芸」は歌舞や技芸のことです。手わざと芸事の両方を指します。
文化財の名称は「伝伎芸天」です。「伝」は「そう伝えられている」という意味で、確かめられていないことを示します。 仏像の名にこの字が付くのは、伝えと実際が食い違うかもしれない場合です。
伎芸天(ぎげいてん)
もっとも広く使われる形。
伎芸天女(ぎげいてんにょ)
女性であることを示す形。
大自在天女(だいじざいてんにょ)
生まれの由来による呼び方。
伝伎芸天(でんぎげいてん)
文化財の名称に使われる形。「伝」は確かめられていないことを示す。
マハーデーヴィー(Mahadevi)
意味は「大いなる女神」。大自在天の妃を指す語。伎芸天に対応する固有の梵名は確かめられなかった。読みは「まはーでーう゛ぃー」。
伎芸天の見分け方(印相・持ち物・姿)
伎芸天の見分けは、日本に一躯しかないという事実そのものです。奈良の秋篠寺の像を知れば、それがすべてになります。
姿勢 ─ 首をかしげ腰をひねる
首をわずかに左へかしげ、腰を右へひねって立ちます。
体の軸が三か所で曲がる三曲法という姿勢です。インドの彫刻に由来する立ち方で、日本の像で徹底して用いられた例は多くありません。
正面から見ると、静かに何かを聞いているように見えます。 この立ち姿が、この像を日本でもっとも知られた仏像のひとつにしました。
手 ─ 指をそっと胸の前に
右手を胸の前に上げ、指をそっと曲げます。何かをつまむような、あるいは差し出すような手つきです。
左手は下げて、衣の端を軽く握ります。
武器も法具も持ちません。 芸事をつかさどるという役目にふさわしく、力を示すものを何ひとつ持たない姿です。
素材 ─ 頭と体で時代が違う
頭部は天平時代の乾漆、体は鎌倉時代の木彫です。
もとの像が壊れ、頭部だけが残ったところへ、後の時代に体を継いだと考えられます。
五百年ほど離れた二つの時代が、ひとつの像のなかで継ぎ合わされています。 頭と体で肌の質感が違うことに気づくと、この像の見え方が変わります。
なぜ「伝」が付くのか
文化財の名称は「伝伎芸天」です。
経典に説かれる伎芸天は、天女の姿で琵琶などの楽器を持つとされます。秋篠寺の像は楽器を持ちません。
そのため、この像が本当に伎芸天なのかについて、はっきりした答えが出ていません。 別の尊格だという説もあります。「伝」の一字が、その未決着を示しています。
伎芸天のご利益
芸事の上達
技芸をつかさどることによる。
音楽の上達
歌舞をつかさどることによる。
手わざの上達
「伎」が手わざを指すことによる。
美しさ
天女の姿であることによる。
伎芸天に会える寺
伎芸天の像は、日本に一躯しかありません。 奈良の秋篠寺に伝わる木造伝伎芸天立像がそれです。
文化庁の国指定文化財等データベースで「伎芸天」を検索しても、ほかに該当がありません。
会いに行ける場所が一か所しかないという点で、この尊格はきわめてめずらしいものです。 芸事を志す人の参拝が絶えません。
伎芸天をめぐる仏のつながり
伎芸天の位階と、似た仏との違い
伎芸天は天部の位に置かれます。芸事をつかさどる女性の天部です。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。伎芸天は天部です。
天部のなかでは、女性の姿をとる少数派にあたります。弁才天・吉祥天・鬼子母神・荼枳尼天などと同じ組に入ります。
大自在天の髪の生え際から生まれたとされ、その意味では大自在天の眷属という位置づけにもなります。
弁才天 ─ 芸事をつかさどる者どうし
どちらも音楽と芸事に関わります。弁才天のほうがはるかに広く信仰されました。
見分けは持ち物です。弁才天は琵琶を抱くか、八本の腕に武具を持ちます。伎芸天は何も持ちません。
弁才天は全国に社と堂があります。伎芸天の像は日本に一躯しかありません。
吉祥天 ─ 女性の姿の天部どうし
どちらも唐風の衣をまとった女性の姿です。武器を持ちません。
見分けは持ち物と姿勢です。吉祥天は如意宝珠を捧げ、正面を向いて立ちます。 伎芸天は何も持たず、首をかしげて腰をひねります。
吉祥天の像は各地にありますが、伎芸天は秋篠寺の一躯だけです。
大自在天 ─ 生みの親
伎芸天は、大自在天の髪の生え際から生まれたと説かれます。
大自在天はインドで最高神とされた神で、降三世明王に踏まれる姿でよく知られます。
見分けは容易です。大自在天は三つの目と八本の腕を持ち、白い牛に乗ります。伎芸天は顔も腕も一組ずつで、乗り物を持ちません。
伎芸天についてよくある質問
伎芸天とはどんな仏ですか。
歌舞や技芸をつかさどる女性の天部です。大自在天の髪の生え際から生まれたと説かれます。
なぜ「伝伎芸天」と呼ばれるのですか。
本当に伎芸天なのかが確かめられていないためです。経典に説かれる姿と像の姿が一致しないという指摘があり、別の尊格だという説もあります。
伎芸天の像は日本にいくつありますか。
一躯だけです。奈良の秋篠寺に伝わる木造伝伎芸天立像がそれで、文化庁の国指定文化財等データベースにもこの一件しか登録がありません。
なぜ頭と体で時代が違うのですか。
もとの像が壊れ、天平時代の乾漆の頭部だけが残ったところへ、鎌倉時代に木で体を継いだと考えられます。
伎芸天のご利益は何ですか。
芸事の上達が本領です。歌舞や技芸をつかさどることから、音楽や手わざを志す人の参拝が絶えません。
伎芸天と併せて覚えたい言葉・用語
三曲法(さんくっぽう)
体の軸を三か所で曲げて立つ姿勢。インドの彫刻に由来する。
乾漆(かんしつ)
麻布を漆で貼り重ねて像を造る技法。奈良時代に盛んだった。
伝(でん)
文化財の名称に付く字。そう伝えられているが確かめられていないことを示す。
大自在天(だいじざいてん)
インドで最高神とされた神。伎芸天の生みの親とされる。