歌をつかさどる天の楽人。額に一本の角を持つ。
緊那羅とはどんな仏か
緊那羅をひとことで言えば天の歌い手です。八部衆の一員で、帝釈天の宴で歌を奏でるとされます。
同じ音楽をつかさどる乾闥婆と対をなします。乾闥婆が楽器を奏で、緊那羅が歌をうたうという分担が説かれます。
名の由来が面白いものです。梵名キンナラは「キン・ナラ」、つまり「人か、いや違う」という意味だとされます。
インドでは、人か鳥か馬か定まらない姿で語られました。正体が定まらないことそのものが名になっているという、めずらしい尊格です。
日本では、額に一本の角を生やした姿で表されます。奈良の興福寺の国宝の八部衆のうちの一躯がこれにあたり、少年のような顔に小さな角を載せます。
京都の三十三間堂の二十八部衆にも、緊那羅王が並びます。
緊那羅の読み方と梵名
読みは「きんなら」です。
「緊那羅」は梵名キンナラの音を漢字に写したもので、字そのものに意味はありません。
梵名の「キン」は疑問を、「ナラ」は人を指します。あわせて「人なのか、いや違う」という意味になります。姿が定まらないことを、名そのものが言い当てています。
意味で訳した名として疑神という形も伝わります。
緊那羅(きんなら)
もっとも広く使われる形。
緊那羅王(きんならおう)
二十八部衆での呼び方。
歌神(かしん)
役目を訳した呼び方。
疑神(ぎしん)
「人か、いや違う」という名の意味を訳した形。
キンナラ(Kimnara)
意味は「人か、いや違う」。「キン」が疑問を、「ナラ」が人を指す。読みは「きんなら」。
緊那羅の見分け方(印相・持ち物・姿)
緊那羅の見分けは、額の一本角にあります。ただし日本の作例はきわめて少なく、実物に会う機会は限られます。
角 ─ 額に一本
額の中央に、一本の角を生やします。小さく、まっすぐ上に伸びる形です。
角を持つ仏はほとんどありません。牛頭天王は牛の頭を戴きますが、あちらは頭そのものが牛です。
額に角が一本あれば、まず緊那羅と考えてよいでしょう。興福寺の八部衆の一躯は、少年のような顔にこの角を載せています。
姿 ─ 定まらない
インドでは、人か鳥か馬か定まらない姿で語られました。
上半身が人で下半身が鳥、あるいは人の体に馬の頭を載せた姿など、伝えによってばらばらです。
日本ではおおむね人の姿に落ち着き、角だけがその名残として残りました。「定まらない」という性格そのものが、日本では角一本に縮められたといえます。
役目 ─ 歌をうたう
帝釈天の宴で歌をうたうとされます。
同じ音楽をつかさどる乾闥婆が楽器を奏でるのに対し、緊那羅は声を受け持ちます。
そのため持ち物を持たない作例が多くあります。楽器を持っていないことが、逆に歌い手であることの印になります。
興福寺の像 ─ 少年の顔
奈良の興福寺の国宝の八部衆のうち一躯が緊那羅です。
少年のような細い体つきで、顔は幼さを残します。額の角は小さく、注意して見なければ見落とすほどです。
八躯はいずれも同じ作りで、角の有無や頭の飾りだけが一体ずつの見分けになります。
緊那羅のご利益
音楽の上達
歌をつかさどることによる。
声の守り
歌い手であることにちなむ。
芸事の上達
天の宴に仕えることによる。
仏法の守り
八部衆の一員であることによる。
緊那羅に会える寺
緊那羅は、八部衆または二十八部衆の一員として会うのがふつうです。単独で祀られる例はほとんどありません。
文化庁の国指定文化財等データベースで「緊那羅」を検索しても、単独の彫刻は確かめられませんでした。いずれも組み合わせの一員として登録されています。
ここに挙げたのは、所有者が寺であることを確かめられたものだけです。
興福寺(こうふくじ)
国宝
国宝の八部衆八躯のうちの一躯が緊那羅です。
文化庁の国指定文化財等データベースでは、八躯ひとまとまりで国宝に登録され、所有者は興福寺と記されています。
額の一本角を確かめられる、日本でもっとも確かな場所です。 天平時代の乾漆像で、少年のような顔立ちをしています。
同じ組の一躯が阿修羅像にあたる。
三十三間堂 蓮華王院本堂(さんじゅうさんげんどう れんげおういんほんどう)
国宝
国宝の二十八部衆のうちの一躯が緊那羅王です。
文化庁の国指定文化財等データベースでは、所有者が妙法院と記されています。
二十八躯のなかには乾闥婆王も含まれます。音楽をつかさどる二体が同じ列に並んでいます。
同じ堂には千手観音坐像と千体千手観音立像がある。
緊那羅をめぐる仏のつながり
緊那羅の位階と、似た仏との違い
緊那羅は天部の位に置かれます。八部衆と二十八部衆の双方に数えられます。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。緊那羅は天部です。
天部のなかでは、帝釈天に仕える楽人の組に入ります。乾闥婆と対をなし、天の宴で音楽を奏でます。
八部衆にも二十八部衆にも入る尊格は多くありません。 迦楼羅・緊那羅・乾闥婆がその例です。
乾闥婆 ─ 歌と楽器
音楽をつかさどる二体です。緊那羅が歌、乾闥婆が楽器を受け持ちます。
見分けは頭です。緊那羅は額に一本の角を持ちます。乾闥婆は獅子の冠をかぶる作例があります。
どちらも帝釈天に仕え、天の宴で音楽を奏でます。
迦楼羅 ─ 八部衆どうし
どちらも八部衆と二十八部衆の双方に数えられます。
見分けは頭です。迦楼羅は鳥のくちばし、緊那羅は額に一本の角を持ちます。
迦楼羅は背に翼を広げますが、緊那羅は翼を持ちません。
弁才天 ─ 音楽をつかさどる者どうし
どちらも音楽と結びつきます。弁才天は琵琶を抱く女性の姿です。
緊那羅は男性、あるいは少年の姿で、額に角を生やします。
弁才天は単独で祀られ、七福神にも数えられます。緊那羅は組み合わせの一員としてしか祀られません。
緊那羅についてよくある質問
緊那羅とはどんな仏ですか。
天の音楽を奏でる八部衆の一員です。歌をつかさどり、楽器を奏でる乾闥婆と対をなします。
緊那羅の名の意味は。
梵名キンナラは「人か、いや違う」という意味だとされます。姿が人か鳥か馬か定まらないことが、そのまま名になっています。
緊那羅はどう見分けますか。
額の中央に一本の角を生やします。角を持つ仏はほとんどないため、これが決め手になります。
緊那羅と乾闥婆の違いは。
受け持つものが違います。緊那羅が歌、乾闥婆が楽器です。頭の飾りも違い、緊那羅は角、乾闥婆は獅子の冠をかぶる作例があります。
緊那羅の像はどこで見られますか。
奈良の興福寺の国宝の八部衆、京都の三十三間堂の国宝の二十八部衆に、それぞれ一躯が含まれます。
緊那羅と併せて覚えたい言葉・用語
乾闥婆(けんだつば)
音楽をつかさどる八部衆。緊那羅と対をなす。
疑神(ぎしん)
緊那羅の名を意味で訳した形。
八部衆(はちぶしゅう)
仏法を守る八種の者たち。緊那羅はその一員。
乾漆(かんしつ)
麻布を漆で貼り重ねて像を造る技法。