死者の生前の行いを裁く、地獄の王。
閻魔とはどんな仏か
閻魔をひとことで言えば死後の裁判官です。死者の生前の行いを調べ、次にどこへ生まれるかを決めます。
死後の裁きを受け持つ十王のうち第五にあたり、三十五日目の審判を担当します。十王のなかでもっとも重い決定を下すため、代表として名が知られるようになりました。
姿は日本の仏像のなかで異例です。中国の官人の姿をしています。冠をかぶり、道服という官服をまとい、笏を持ちます。
仏でも菩薩でもなく、役人の姿をした裁き手。 この点が、ほかの尊格と大きく違います。
かたわらには浄玻璃の鏡が置かれ、生前の行いがすべて映るとされます。嘘は通じません。
日本では、閻魔を地蔵菩薩と同体とみる説が広まりました。裁く者と救う者が同じだという考え方で、地蔵が地獄まで降りて救うという性格と結びついたものです。
京都・奈良・神奈川の寺に重要文化財の像が伝わります。
閻魔の読み方と梵名
読みは「えんま」です。文化財の名称では「閻魔王」の形が使われます。
「閻魔」は梵名ヤマの音を漢字に写したもので、字そのものに意味はありません。
同じヤマから、密教では焔摩天という別の尊格が生まれています。 こちらは十二天の一員として南方を守り、水牛に乗る姿で表されます。閻魔王と焔摩天は、名の出どころが同じでも姿も役目も違います。
なお大威徳明王の梵名ヤマーンタカは「ヤマを終わらせる者」という意味で、閻魔を退ける力を表します。
閻魔(えんま)
もっとも広く使われる形。
閻魔王(えんまおう)
文化財の名称に使われる形。
閻魔大王(えんまだいおう)
日ごろの言い方。
焔摩天(えんまてん)
十二天の一員としての呼び方。姿も役目も違う。
閻羅王(えんらおう)
古い訳に見える形。
ヤマ(Yama)
意味は「抑制するもの」。インド神話で最初に死んだ人間とされ、死者の王となった。「閻魔」はこの音を漢字に写したもの。読みは「やま」。
閻魔の見分け方(印相・持ち物・姿)
閻魔の見分けは、冠と道服と笏にあります。中国の役人の姿をした仏像は、ほかにほとんどありません。
装い ─ 中国の官人
冠をかぶり、道服という官服をまといます。袖は広く、裾は長く垂れます。
冠の正面に「王」の字を記す作例もあります。
如来も菩薩も明王も天部も、インド風の装いをします。中国の官服を着ているのは、閻魔と十王だけです。 出どころが中国であることが、装いにそのまま出ています。
持ち物 ─ 笏
両手で笏を持ちます。役人が儀式のときに持つ細長い板です。
武器ではありません。裁く立場であることを示す持ち物です。
笏を持つ仏像は、閻魔と十王のほかにほとんどありません。 手に細長い板を持つ像を見たら、まずこの一族と考えてよいでしょう。
顔 ─ 口を開けて怒鳴る
口を大きく開けて怒鳴る形が多く見られます。眉を吊り上げ、目を見開きます。
罪を責め立てる場面を彫ったものです。
明王の忿怒の相とは違い、筋肉を誇張したり火を背負ったりはしません。あくまで人間の怒りの表情です。
周囲 ─ 浄玻璃の鏡と眷属
かたわらに浄玻璃の鏡が置かれます。生前の行いがすべて映るとされる鏡です。
司命・司録という書記役、倶生神という記録の神、奪衣婆という衣を剥ぐ老女が付き従います。
神奈川の円応寺には、閻魔王坐像とともに奪衣婆坐像・倶生神坐像・鬼卒立像が重要文化財として伝わります。裁きの場そのものが堂に再現されています。
閻魔のご利益
地獄からの救い
地蔵菩薩と同体とみる説による。
嘘をつかせない
浄玻璃の鏡がすべてを映すことによる。
先祖供養
死後の裁きを受け持つことによる。
厄除け
悪を裁く力にちなむ。
閻魔に会える寺
閻魔の像は、京都・奈良・神奈川にまとまって残ります。奈良の金剛山寺、東大寺にも重要文化財の像があります。
ここに挙げたのは、所有者が寺であることを文化庁の国指定文化財等データベースで確かめられたものだけです。
なお京都の醍醐寺には「木造閻魔天像」の重要文化財がありますが、これは十二天の焔摩天であり、十王の閻魔王とは別の尊格です。 名が似ているため、混同しないよう注意が要ります。
六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)
重要文化財
文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が六波羅蜜寺と記されています。
この寺には空也上人立像、平清盛坐像など、鎌倉時代の写実的な彫刻が数多く伝わります。
同じ寺で、実在の人物を写した像と、死後の世界の像を並べて見られます。
同じ寺には地蔵菩薩の像もある。
円応寺(えんのうじ)
重要文化財
円応寺の住所:神奈川県(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造初江王坐像〈幸有作〉・木造閻魔王坐像・木造倶生神坐像・木造奪衣婆坐像〈弘円作〉・木造鬼卒立像・木造檀拏幢/重要文化財
この像に結び付く願い:地獄からの救い
十王の裁きの場そのものを堂に再現した、日本でも数少ない例です。
文化庁の国指定文化財等データベースでは、所有者が円応寺と記されています。名称に作者名として幸有・弘円の名が記されています。
閻魔王のほか、初江王・倶生神・奪衣婆・鬼卒がそろいます。死後の世界を、堂に入って体で感じられる場所です。
所有者は文化庁の国指定文化財等データベースで確認した。
白毫寺(びゃくごうじ)
重要文化財
文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が白毫寺と記されています。
高台にある寺で、奈良盆地を見わたせます。
閻魔王の像を持つ寺は「閻魔堂」を構えることが多く、この寺もそのひとつです。
所在地は奈良市観光協会の公式サイトで確かめた。
宝積寺(ほうしゃくじ)
重要文化財
宝積寺の住所:京都府(文化庁の国指定文化財等データベースで所有者を確認。詳しい住所は公式の情報を確かめられませんでした)
像:木造閻魔王坐像 一躯/重要文化財
この像に結び付く願い:嘘をつかせない
文化庁の国指定文化財等データベースで、所有者が宝積寺と記されています。
閻魔王のほか、司命・司録といった眷属の像も伝わるとされます。
拝観の可否は寺に確かめる必要があります。
所有者は文化庁の国指定文化財等データベースで確認した。
閻魔をめぐる仏のつながり
閻魔の位階と、似た仏との違い
閻魔は天部の枠に置かれます。十王のうち第五にあたります。
仏には如来・菩薩・明王・天部という四つの位階があります。閻魔は天部の枠で扱われます。
ただしインドの経典に説かれる天部とは事情が違います。十王という枠組みは中国で生まれたもので、閻魔はその一員として日本へ伝わりました。
装いが中国の官服であることが、その出どころを示しています。 位階の分類は便宜のもので、天部と呼ぶには収まりの悪い尊格です。
十王 ─ その第五
閻魔は十王のうちの一人です。全体と、その一部の関係にあたります。
十王は秦広王・初江王・宋帝王・五官王・閻魔王・変成王・泰山王・平等王・都市王・五道転輪王です。
十体はいずれも同じ装いで、見分けは難しいものです。 閻魔だけが名を知られているのは、もっとも重い裁きを下すためです。
地蔵菩薩 ─ 同体とする説がある
日本では、閻魔を地蔵菩薩と同体とみる説が広まりました。裁く者と救う者が同じという考え方です。
地蔵菩薩は六道すべてに出向き、地獄まで降りて救うとされます。その地獄での姿が閻魔だという理解です。
見分けは装いです。地蔵菩薩は僧の姿で錫杖と宝珠を持ち、閻魔は官服をまとって笏を持ちます。
大威徳明王 ─ 退ける側と退けられる側
大威徳明王の梵名ヤマーンタカは「ヤマを終わらせる者」という意味です。閻魔を打ち破る力を表します。
ただし日本では、この対立が像として表されることはほとんどありません。
見分けは容易です。大威徳明王は六面六臂六足で水牛に乗ります。閻魔は顔も腕も一組ずつで、椅子に座ります。
閻魔についてよくある質問
閻魔とはどんな仏ですか。
死者の生前の行いを裁く王です。死後の裁きを受け持つ十王のうち第五にあたり、三十五日目の審判を担当します。
閻魔はどう見分けますか。
冠をかぶり、道服という中国の官服をまとい、笏を持ちます。中国の役人の姿をした仏像はほかにほとんどありません。
閻魔と地蔵菩薩の関係は。
日本では同体とする説が広まりました。地蔵菩薩が地獄まで降りて救うという性格と結びつき、裁く者と救う者が同じだという考え方が生まれました。
閻魔と焔摩天は同じですか。
別の尊格です。梵名は同じヤマですが、焔摩天は十二天の一員として南方を守り、水牛に乗る姿で表されます。京都の醍醐寺の木造閻魔天像はこちらです。
閻魔の像はどこで見られますか。
京都の六波羅蜜寺と宝積寺、奈良の白毫寺と金剛山寺、神奈川の円応寺に重要文化財の像があります。
閻魔と併せて覚えたい言葉・用語
十王(じゅうおう)
死後の裁きを順に受け持つ十人の王。閻魔はその第五。
浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)
生前の行いがすべて映るとされる鏡。閻魔のかたわらに置かれる。
奪衣婆(だつえば)
三途の川で死者の衣を剥ぐ老女。閻魔の眷属とされる。
笏(しゃく)
役人が儀式のときに持つ細長い板。
道服(どうふく)
中国の官人が着る衣。閻魔と十王がまとう。